祖父のマンドリン

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 片瀬先輩はベンチに座って楽器を膝の上に乗せた。ポケットから黒い小さな機械を取り出して、楽器の頭にクリップで留める。持っていたピックで弦をはじきながら、糸巻き部分を回していく。チューニングをしているらしい。  先輩がピックで弦をはじくと、ぺーん、と金属っぽい音がした。先輩は何度か弦をそのまま鳴らしたあと、ドレミファソラシド、と音階をなぞった。かと思えば、今度はピックを素早く上下させて、テロテロテロ……と続けて鳴らす。――こんな弾き方もあるんだ。 「すごくよく鳴るよ。こんないい楽器、本当に学校楽器にしちゃっていいの? 音羽さんが弾いてあげたらいいのに」  片瀬先輩は楽器をまじまじと眺めながら、そんなことを言った。周囲で覗き込んでいた他の部員たちも、うんうんと頷いている。……そんなこと言われましても。 「マンドリン弾いたことも、聞いたこともないです……そもそも音楽経験ゼロです」 「そうなの? ちょうど昨日、音楽サークル合同の新歓コンサートがあったんだけどねぇ……」  片瀬先輩が顔を上げて、周囲をぐるりと見渡した。いち、にい、さん……と部員の人数を数えて、「お、いいじゃん」と手を叩いた。 「せっかくなら、一曲聞いていかない? ここにいるだけしかメンバーいないけど、パートは一応揃ってるし」 「はあ……」 「よし!」  私の曖昧な返事を肯定と取ったらしい先輩は、立ち上がって、ピロティ全体に呼びかけた。 「ここにいるマンクラ二年と三年! 昨日の新歓コンサートの曲、せっかくだから音羽さんにも聞いてもらおうよ。みんな楽譜持ってる?」 「あるよー」 「持ってまーす」 片瀬先輩の号令で、ばらばらに練習していた部員たちがパイプ椅子やベンチをガタガタ引きずって移動し始めた。こちらを向いて、半円を描くように並べていく。他の部の人だと思っていた、ギターの人やベースの人まで、こちらに集まってきた。まさか彼らもマンドリンクラブだったとは。  先輩たちに指導されていた一年生らしき人たちは、ぞろぞろと私のいる方向に移動してきた。私と同じく、観客の立場になるようだ。
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