祖父のマンドリン

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 ふと、周囲を見渡す。サークル棟の外階段のあたりに、さっき部室の前で声を掛けてくれた青年が立っていた。遠巻きにこちらを眺めている。彼はここに来ないのだろうか、と首を傾げていると、チューニングを終えた先輩たちが姿勢を正し、楽器の音がぴたりと止んで、周囲は静寂に包まれた。慌てて視線を戻す。 「それでは聴いてください。マネンテ作曲、『無線電信第一連隊』です」  指揮者はいない。その代わり、奏者全員が視線を交わし、呼吸を合わせたのがわかった。  最初の一音は、ぴたりと揃っていた。足並みを揃えて、弾むようなリズム。かと思うと、歌うように滑らかに流れる。楽しげで、明るくて、心地よいメロディ。自然と体が揺れる。音楽を詳しく知らない私の印象は、そんな感じだった。  楽器の形から、じゃかじゃか掻き鳴らす楽器なのだと思っていたら、少し違ったらしい。澄んだ高音とまろやかな中音が掛け合って、刻む低音と混じって、まるで手を取り合って踊っているようだ。  小さなマンドリンが高音担当なのはわかった。似たような形で少し大きなものは、さらに低い音が出るらしい。そしてギターと、ウッドベース。こんな大人数でやるものだとは知らなかった。  真剣な顔をして演奏している先輩たちを見る。音楽に合わせて体を揺らしながら、どこか楽しそうに弾いている。……私も、練習すればあんなふうに弾けるようになるのだろうか。ベンチに置かれたままの楽器ケースにそっと手を置いた。  最初と同じメロディを繰り返して、キリの良いフレーズの最後で、曲が終わった。  数泊の沈黙の後、一年生たちが一斉に拍手をした。もちろん私も。  思っていた以上にすごかった。そして、楽しかった。 拍手が静かになると、一番端でマンドリンを弾いていた片瀬先輩が立ち上がって、ぺこりと一礼した。 「ありがとうございました。音羽さん、どうだった?」  まだ演奏の位置に座ったままの先輩たちの前で、コメントを求められている。人前で話すのはちょっと苦手だ。私は慌てて言葉を探した。 「あの、すごく、きれいで……楽しくて、素敵な演奏でした」 「気に入ってもらえたならよかった!」  はい、じゃあ練習に戻って、と片瀬先輩が皆を促して、演奏していた先輩たちがまた椅子を動かし始めた。
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