祖父のマンドリン

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 先輩の言葉を反芻しながら、楽器を見下ろした。この楽器を、私が。音楽にも、楽器にも、全く興味なんてなかった――はずなのに。  子供の頃から、私のことを可愛がってくれていた祖父。両親が別れたあとも、会いに行くと顔をくしゃくしゃにして笑って、出迎えてくれた。もう何年も顔を合わせていないまま、旅立ってしまったじいちゃん。この楽器を手放せば、じいちゃんとの繋がりは何も無くなってしまうような気がした。  片瀬先輩は、静かに私の答えを待っている。 「……私、音楽のこととか、全然わからなくて」 「最初はみんな一緒だよ」 「センスがないかもしれないし」 「それはやってみないと分からないんじゃない?」 「ちゃんと、続けられるかどうか……」 「無理だと思ったらその時は、途中で辞めても大丈夫だよ。期間限定でもいいし」  にこにこと、先輩が逃げ道を塞いでいく。だんだん追い詰められている……と見せかけて、きっと先輩なりの優しさだと思う。自分で決断できない私が一歩を踏み出すための、きっかけをくれたのだ。  ここまで言われて、もはや拒否する理由はなくなった。私は意を決して、両手を膝に置いた。 「じゃあ、とりあえず、一年だけ」 「お! 入部してくれる?」 「祖父の楽器……ちょっと、弾いてみたいので。続くか分からないけど、とりあえず一年の間だけ、やってみます」 「よく言った!」  片瀬先輩が拳を突き上げて、背後の仲間たちを振り返った。 「音羽さん、入部決まりました!」 「やったー!」 「いらっしゃい!」  練習を再開しようとしていた部員たちが、歓声を上げる。雰囲気に流されてなんだか大事になってしまったような気がするけれど、もう後には引けない。 「ようこそ、マンドリンクラブへ!」  片瀬先輩がにっこりと微笑んで、右手を差し出す。おずおずとこちらからも右手を差し出すと、片瀬先輩は左手も添えて、力強く握手してくれた。 ◇  入部届の代わりに、名簿ノートに名前と連絡先を書いて、部員のグループチャットにメンバー登録して軽く自己紹介をすれば、晴れて部員の仲間入りだ。歓迎のメッセージやスタンプが飛び交うのを、ちょっと気恥ずかしく思いながらスマホを鞄に片付ける。 「じゃあ、楽器はそこに置いて帰ってもいいからね」 「ありがとうございます」 「練習の日程については、改めて二年生から連絡が行くと思う。よろしくね」
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