桜舞う午後

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 厨房では、星野夫妻が忙しく立ち働いていた。パティシエの旦那さんが生地をこね、その旦那さんがさっき焼き上げたタルトに奥さんがイチゴをのせている。一つのタルトに大ぶりのイチゴを三つずつ。その手が止まって香乃を見る。 「あれ、春乃ちゃん、時間だからもう上がったのかと思ってたんだけど。」  ワインレッドのエプロンを外しながら香乃は、違いますよぉ、と声を上げた。 「マロンが来てたもんで。」 「マロン? ああ、店の前で阿波踊りするあの子。」 あはは、と香乃は声を上げて笑った。額に汗を光らせて無言で生地をこねていた旦那さんがちら、と顔を上げる。 「あの子、ウチのマロンクリームばっかり食べるから、その内、黄色くなりそう。でもあれはあれでちょっとした客寄せなんだけど。」 「俺はココアクリームの方が自信あるんだけどな。」  ぼそりと声が聞こえて、二人で振り向いた。 「馬鹿じゃないの、猫と張り合ってどうすんのよ。」  奥さんが辛辣な言葉を投げる。香乃はエプロンを畳んで自分用の小さなロッカーに入れ、塾の教科書でずしりと重い鞄を持ち上げる。高三になると日曜日でも朝から授業やテストのある週が増え、今日も塾とバイトをはしごしたのだった。 「あ、そうそう香乃ちゃん?」 香乃が振り向くと奥さんの笑顔とぶつかった。 「帰ったらお母さんによろしく言っといてもらえる? キッシュいただいちゃったのよ。ホウレン草とキノコ入りの。いつも申し訳ないわ。」 「いつ来たんですか?」 あの人、とつい続けそうになって言葉を飲み込む。いけない、外に出してはいけない。
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