桜舞う午後

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 家に戻るといつものように晩ご飯の支度が整っていた。香乃を待っているのは人ではなく、いつも食べ物だけだった。それは幼い時から慣らされた習慣で、特に文句があるわけではない。  香乃は清潔なテーブルクロスの上に整然と並べられた皿をざっと眺め渡した。チキンのオーブン焼きマスタードソース添え、色とりどりの温野菜、オニオンスープ。  さすがに盛り付けは適当だが、どれもこれも両親が経営している一風変わったフランス料理店で出しているものだ。もちろん家のおかずが和食の日だってあるが、それでも大体は余った料理が一品は混じっている。  フランスで修行した父親と、栄養士の母親が生み出す料理で構成された身体に優しいフレンチレストランは、雑誌にも掲載される人気店だ。香乃はそんな称賛の的である品々を小さい頃から食べてきた。  それは香乃の身体を今も現在進行形で形作っている。健やかに育つために手を抜かない食事を。それを作る人間が忙しくて家にいない代わりに。だから香乃は家族で食卓を囲んだ経験はほとんどない。兄と妹と、豪勢な食卓。  それにしても親、特に母親に対して苛立ちばかり募る、という現象がもう数年は続いている。どうしてだか懸命に考えてみたけれど、いまだにはっきりした理由はわからない。  これが思春期というものだろうか。確かに高校生なると、いろんなことにいらいらするようになった。子供っぽい同級生の男子。背伸びしすぎの同級生の女子。  生まれたのが早いというだけで威張っている教師達。学歴社会を強調する塾の講師。ムール貝のことしか考えていない父に、ますます口うるさくなってくる兄。  あまりに周りの皆が嫌いに思えて孤独の網に捕まってしまう時もある。それでもそれは思春期だから。その一言で言い表してしまってもいい。その内終わりがくるだろうと。  しかし母のことは、その範略には入らない。そんな気が香乃にはする。怒りの種類が違うのだ。
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