桜舞う午後

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 そんな時、香乃はアキナのことを考える。アキナのことで頭を一杯にする。あの不思議に柔らかい眼差しを懸命に思い出す。たくさんの会話のストックを引っ張り出す。そして何とか落ち着きを取り戻す。それでも駄目なら会いに行く。  アキナはいつでもあの場所に、あの古くさくて優しい場所にいるから。喫茶ひなた。  アキナの傍にいるとそれだけで怒りから、言い換えれば不安から解き放たれる感じがする。見えないバリアで守られている感じがする。ずっと傍にいられたら、ずっと守られていることができる。そしてその逆もきっとできる。  アタシだってそういう存在になってみせるのに。アキナの不安を軽減させてあげられるのに。たとえゼロにはできないにしても。  いつも以上に時間をかけて夕食を終えてから、香乃は洗面所の鏡に自分の顔を映す。童顔の香乃の顔。アキナの方がずっと大人で、年齢差は大してないのに天文学的に思えるほど遠い。そして縮まることもない。  香乃は目元に力を入れてしばらく耐えていたが、やがてコップの水が表面張力の限界を超えた瞬間のように、静かに涙をこぼした。
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