桜舞う午後

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 コーヒーがこぽこぽと音を立て始める。サイフォンの中で液体が小刻みに揺れている。化学の実験のようだ、と光司はいつも思う。旨いものは何だってこうした化学の実験の果てに生まれる。混ぜる、熱する、濾す。分子レベルの物質のぶつかり合い。  啓介は、それらの反応を見守る学者のように、サイフォンを見つめている。ゆったりした微笑だ。大抵の啓介が漂わせている微笑だ。  ちぇっ、と光司は心の中で舌打ちをする。何でもかんでも自分だけで決めちまいやがって、ゆったり構えてやがる。 「あいつの気持ちは相変わらず重荷か?」  珍しく直接的に問うと、啓介はサイフォンから光司に視線を移した。言葉を空中から探すように、少し首を傾げる。 「重荷というのとはちょっと違うな。ただ、責任が取れないんだよ。」 「その考え方ならあいつも重々承知だよ。」  責任、と啓介が言うとき、その重さに光司はたじろぐ。それは何度目であっても慣れることができない種類のたじろきだ。だから光司はそこから先に踏み込むことができない。言葉を見失って黙り込む。  骨のように白いカップに入れられたコーヒーが、光司の前に置かれる。その横に適温に温められたたっぷりのミルク。光司はブラックコーヒーに後から自分でミルクを入れて調節する、この飲み方が好きだった。  初めからミルクまで調合されているカフェオレや、ミルクとは別物の気がするコーヒーフレッシュはあまり好きではない。  啓介はブラック一辺倒なので、そもそも光司がコーヒーにミルクを入れること自体を邪道だと思っているのかもしれないが、それについては揶揄された記憶がなかった。そこはやはり客扱いしてくれているんだろう。
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