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「ねえ、今日すごいよ。お客来すぎ。ふわふわプリン売り切れちゃって今第二弾できたとこ。やっぱみんな花より団子だね。」
そこは、と声が遮った。
「営業妨害的な位置なんだが。」
ぷーっと膨れてスツールから飛び降りる。目まぐるしい子だ。
「なーによ、せっかくこれ持ってきてあげたのに。これ、あげる。昨日の残り。」
持ってきた箱をカウンターに滑らせる。彼の視線が箱をとらえて、すぐ元に、彼女の顔に戻った。
「昨日の残り? 今頃の時間に?」
「うん。」
屈託なく頷く。高く結んだポニーテールがそれに合わせて上下する。彼女はいつの間にかバンダナを外していた。
「だって、昨日チーズケーキばっかり三つも残っちゃったから。アタシと兄貴で二つ食べて、一個持ってきた。」
「それを今日、この時間になってわざわざ持ってきてくれたわけだ。」
「だからぁ、」
じれったそうに女の子は身体を捻じる。その一言一言が楽しくて仕方がないというように。
「だーいじょうぶだって。アキナってどんなけ心配症? アタシも兄貴も今日の朝食べたんだよ?」
カウンターの向こうでアキナと呼び捨てにされている彼は口を歪めた。
「お前ら、朝からこれを食うか。」
「チーズケーキだもん。イッツ・ヘルスィー。」
スィ、のところに力を込めてそう言ったあと、くるりと身体を反転させる。一瞬、結と視線がぶつかったが意識にものぼらなかったようだ。そのまま戸口へ向かう。
「あ、おい、香乃。」
呼ばれた女の子はバネ仕掛けのように身体を震わせ、振り返った。
「なに?」
「お前、あんまりマロンに甘いもんやるなよ。」
「えーっ、ちょっとぐらいいいじゃない。」
「身体にいい悪いより、これ以上太ったら猫らしさがなくなる。」
あはは、とはっきりした声で笑ってドアを抜けると、そのままの勢いで向かいの店の中に消えていった。甘い香りだけが店内に残る。
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