桜舞う午後

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 カウンターの内側に戻ると、ショーケースの中に追加のふわふわプリンを並べていた手が止まり、バイト仲間のノンちゃんがひょいと顔を覗かせた。あふれる好奇心を隠そうともしない。 「どうだった?」 「まあまあ。」  香乃はちっともまあまあではない顔で答える。片側の頬だけ膨らませるのは香乃の癖だ。 「まあまあって、微妙。」  ノンちゃんはそう呟いて、またプリンに手を伸ばす。冷たいショーケースの中で、並べたプリンをもう一度ぴっちり詰め直すと、できた隙間にかろうじて残り三つを押し込めてピシャッと閉めた。  ちょっと言い足りなかったかな、と香乃は不安になる。心が揺れる。アキナと喋ったあとはいつもこうだ。顔を見るまで高揚していた気持ちがくたくたとへたり込んでしまう。  嬉しさももちろんいっぱいある。会話を交わせたのだから。でも手放しで喜ぶ気にはなれない。笑顔を見せないから? いや、違う。香乃は認めたくない結論に辿り着きそうになる。  温度が違うのだ。香乃の感情の帯びている熱と、アキナのそれが。その温度差に、身震いしそうになる。 「でもさ、ケーキあげてきたんでしょ?」 「一応は。」  ノンちゃんは、フフ、と小さく微笑んだ。 「じゃ、いいじゃん、今日のとこは。」  そこまで言うと、ノンちゃんはかがめていた腰を起こし、自分の耳を指差した。ここ、と人差し指で耳たぶを二、三度触る。 「香乃ちゃん、耳だけ真っ赤。」  え、と香乃は慌てて自分の両耳に触れた。熱い。想いがそのまま耳に溢れてきたかのように熱かった。  香乃は再び膨れっ面をして、誰にともなく、もう、と唸ると、厨房に続く小さなドアを開けた。後ろでノンちゃんがくすっと笑うのが聞こえた。
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