渡されたストーリー

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「どう?」  ストーリーが終わると、男が声を震わせながら、怖がるように訊いた。 「うん。いいね」 「あ、良かった。気に入ってもらえて、オイラ、嬉しいよ」  男は大きな声を出して泣き始めた。 「本当に、良かったです」  本心だった。 「オイラ、嬉しい。じゃあ、旦那、いってらっしゃい。頑張れ! 是非とも、オイラがプレゼントしたストーリーで大儲けしておくれ! 作品に関する著作権とか権利系の類は全部、旦那のものなんだからさっ」 「うん。ありがとう」  僕は礼を言うと、ストーリーを濃密に反芻しながら男と別れた。  その日の仕事も、とてもハードだった。    クタクタの状態で家に着くなり、「愛してるよ。心から愛してる」と妻に言った。 「どうしたの急に?」  妻が驚きながら大笑いする。 「いや、あの……たまには、ちゃんと言わなきゃって、思ったから」  そう。想いは、声に出さないと、伝わらない、ものだから。  僕は、考えを、声に出したんだ…。 「そういえば研究所から逃げ出したカラス、見つかった?」  妻は恥ずかしがりながら言った。 「いや、まだだ」  実は、僕が逃がした。この秘密は、ずっと誰にも言うつもりはない。ただ、人間の好奇心のせいで捕えられた不幸なカラスに、自由を与えてやりたかったんだ。悲しい運命を変えてやりたかった。 「まだかぁ。大変だね」 「うん」 「ところで、何の研究に使われていたの?」  僕は一瞬、迷う。話しても構わないが、妻は信じてくれるだろうか? 迷った末に、打ち明けることにした。  妻に対して隠し事はナシにしたかったから。 「カラス人間。軍で使う予定だった。だけど、アイツは優しすぎたから、研究を続けていても失敗だったろうな。本を読み聞かせるとカァカァ鳴いて大喜びしてたっけ。可愛かったな」  妻が、明らかに困惑した表情になる。 「どんな見た目なの?」 「普通の成人男性さ」 「それ可愛いの? …普通って、あなたみたいな感じ? どこにもいそうな、ありふれたルックスってことだよね?」 「…うん、まあ、僕っぽい見た目かもしれないね」    思わず、苦笑いする。 「その話、嘘でしょ。エイプリルフールだからって、からかわないで」  妻が怒った。そうか、今日はエイプリルフールか。なんというタイミングの悪さだ!  ただでさえ嘘っぽい話なのに、エイプリルフールに嘘みたいな話を信じさせるのは至難の業だ!     もう、いい。別のことを考えよう。  ああ、そういえば、今日みたいに妻と会話をするのは久しぶりだ。  想いを、声に出すことができて、本当に良かった。  僕は、幸せを噛みしめる。疲労感が和らいだ。  家の外から、カラスが人間らしい声で「ダンナァ、ヨカッタァ」と鳴く声が聞こえ、僕はハッとした。出来事の点と点が繋がり、ようやく全てを思い出したんだ。 「そうか、今朝、恩返しに来てくれたんだな。ありがとう。ずっと見守っていてくれたんだね」  僕は窓の外を見て、呟いた。    (了)     
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