渡されたストーリー

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 出勤途中。今日も朝っぱらから、倒れそうなくらい疲労が溜まっている。  ぐったりしながら住宅街を歩いていると、前方から徐々に接近してきた僕と瓜二つの謎の男に話しかけられた。見覚えがある。が、疲労で脳が上手く働かないせいか、誰か思い出せない。 「やあ! ストーリーはいかが? オイラ、旅人なんだけど、旅のついでにストーリーを作って販売しているんだ。現在、無料キャンペーン中だよ」  男が、かん高い声でニヤッと笑う。奇妙なことに、着ているスーツ、ネクタイ、靴まで僕の身につけているものと一緒だ。ボサボサ頭の僕と違い、短髪で爽やかなヘアースタイルをしている。僕は怖くなり、男を無視して歩き続ける。 「おいおい、無視かい。あーあ、やっぱり、オイラ、忘れられちまってらぁ」  男は諦めたようにため息をつく。やはり、どこかで会ったことがあるらしい。しかし、男には申し訳ないが、思い出せない。とにかく僕は急いでいるし、疲れている。知り合いであったとしても、これ以上、この男と関わりたくない。 「じゃあ、いいさ。遠ざかっていく旦那に聞こえるように大声でストーリーを語ってやらぁ」 「えぇ…」  僕は、戸惑いながら歩みを速めた。前方には、ポイ捨てされたレジ袋がカサッカサッと舞っている。  男は一定の距離を保ちながら、僕について来る。 「風に吹かれて、道路の上を舞う、コンビニのレジ袋」と男が大声で喋りだした。 「……」  実に不思議なことだけど、何故か、惹かれるものがあった。歩みを止めて、耳を澄ませてみる。振り返ると、男も立ち止まった。  風に吹かれ、道路上でダンスしているレジ袋に狙いを定めて目の前にやって来た、カラスの「カァ」という鳴き声だけが聞こえた。 「ん? 旦那が止まったぞ!」  男は驚いている。 「ああ、確かに止まったさ。せっかくだから聞いてやろうじゃないか。ストーリーの続きを聞かせてくれないか? 無料なんだろ?」  僕は促した。 「へい。じゃあ旦那、よーく、聞きなよ」  男は口を尖らせながら、深呼吸をした。
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