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「ねぇ見て。あの子綺麗」
高校の入学式。
体育館から教室に移動して、自分の席についた僕たち。前に座っていた女の子2人が、窓際の席の方を見て話している。
僕も、なんとなく同じ方向を見る。
本当だ.....
男の子なのに綺麗。一度見たら、もう眼が逸らせなくなるような.....
そんな彼への注目にまるで興味がないように、彼の目線はずっと窓の外に向かってた。
騒がしいこの教室の中で、彼の周りだけ切り取られた空間のように感じる。
「時間がないから自己紹介は、また明日な」
先生のそんな声で終わるホームルーム。
みんなが帰り始めても、彼はまだ窓の外を見つめてた。
彼の名前分からなかったな....
いつもの通り人見知りで終わった入学式。
誰かと帰ることもなく、僕は学校で指定された辞書を買うために、家の近くの本屋に寄った。
「......これかな」
少し高い位置にあった辞書に手を伸ばすと、同じように横から誰かの手が伸ばされた。
2人で同じ辞書に手を掛け、顔を見合わせる。
「.....あっ」
僕は思わず声が出た。今日一日で僕が一番気になった人。あの綺麗な同級生だった。
「.....あの....どうぞ」
僕は辞書から手を離した。
「....でも」
「.....もう一冊無いか聞いてみるから大丈夫」
僕がそう言うと、
しばらく考えて「.....ありがと」そう言って、レジに向かう彼。
びっくりした.....家が近いのかな。
僕は、店員さんに同じ辞書が無いか尋ねてみた。残念ながら同じものは無くて、少し遠いけど別の本屋に行こうと外に出た。
「...やっぱり無かった?」
声をかけられ驚く。帰ったと思っていた彼が、自転車に跨がり僕を見つめてる。
「....あぁ。うん。でも別の本屋に行くから」
「だよな。同じクラスだから、貸し借りもできないしな.....」
僕の事.....同じクラスだって気付いてたんだ。その事に更に驚く。僕はあまり目立つ方じゃないから....
「じゃあ乗れよ」
彼が自転車の荷台を叩く。
「えっ....いいよ。大丈夫だから」
「いいから」
彼は腕を伸ばして、僕の腕を掴むと自転車の方に引き寄せた。
「.....ありがと」
僕を後ろに乗せた彼の自転車が走り出す。
途中の公園の桜の木から、花びらが風にのって舞い落ちる.....
「「....うわぁ...」」
桜のトンネルに2人で思わず声を出す。声が揃ったのが面白かったのか、自転車を漕ぎながらクスクスと笑う彼。
突然、停まった自転車。
「.....名前なに?」
「.....え、あの...僕は、春人。藤岡春人(ふじおか はると)」
「....俺は吉岡桃李(よしおか とうり)。春人、軽すぎるな。飛んでいきそう」
そう言うと、僕の手を取り自分の腰に廻させる。重なった手が大きくて、僕はドキドキしていた。
「.....しっかり掴まってろよ」
走り出す自転車。思わず桃李の上着をぎゅっと握りしめると、一瞬僕の顔を見てニコッと笑う。
「.....やっぱり.....春人可愛いわ」
風を切りながら聞こえた言葉は、本物?
舞い落ちる花びらのシャワーを浴びながら、僕の中で何かが動き出した.....
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