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ダイバス家の当主
第4話
執事長のアンドレが紹介してくれた子爵家と取引のある商人の中で、ダイバス家の当主が面会に来る予定になっている。
ダイバス家は、昔から剣や防具を販売して、一財産を築いた資産家。
最近では農地を買い取り、新しい産業に積極的に参戦しようと取り組んでいると聞いている。
彼を選んだ理由は、代々子爵領に住む商人の跡取りであること。
これは子爵家にもある程度の忠誠心があり、子爵領の土地や人に愛着がある事が絶対条件なのだ。
そして父親からダイバス家を継いでから直ぐに、綿花と魔鉄鋼の取り引に参戦してきた人物だと言う。
「奥様、ダイバス家の当主リチャードが面会にやって来ました」
執事長の案内で、ダイバス家の当主リチャードが、アンリエッタの部屋に案内された。
「子爵夫人、お目にかかれて光栄です。ダイバス家のリチャードと申します。以後、お見知り置きを」
中肉中背で、大勢の中にいたら目立たなそうな印象だが、商人としては、そこが良い気もする。
「私は子爵家のアンリエッタと申します。本日はリチャード様に今後の子爵領の未来についてご相談したくお呼び致しました」
リチャードが席に腰を下ろすと、モリーがお茶を持ってやって来た。
「どうぞお召し上がり下さい。お茶でも飲みながら、ゆっくりお話しをしたいと思います」
「頂きます」
リチャードはカップを口に持ってきながら、上目遣いに目の前の子爵夫人を観察する。
どうも、想像していた予定と違う。
そもそもリチャードは今日、ダイバス家の商品でも購入頂けるのかと思ってやって来たんだが。
リチャードが推し進めたいのは、魔鉄鋼と綿花の事業だが、子爵家からのお呼びと聞いた時は、剣や武具の取引きの可能性も考えていた。
勿論、子爵夫人との面会と聞いて、剣や武具はありえないと肩を落とす。
思惑の外れたリチャードは、心の中で小さくため息をつく。
「本日は私がダイバス家の商品を購入するのにお呼びしたと思っていたのに、当てが外れたとガッカリされたようですね」
「ブホ」
アンリエッタに見透かされて、リチャードは口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
「いや、あの、そんな」
リチャードは、子爵夫人に自分の考えを見抜かれてしまいあせっている。
「商人であれば、商品を売りたいのは当然の事です。ただ、リチャード様には私と一緒に、もっと大きな事業を手がけて欲しいと思っております」
ゴクリ
アンリエッタの言葉に、リチャードは喉をならし、商人の勘がチャンスだと言っている。
「そのお話し、是非、お聞かせ下さい」
やっとまともに向き合ってもらえたと、アンリエッタは一息ついたが、本番はこれから。
「子爵領の主要産業の中で、上手く採算が採れていない事業として、お考えがあればお聞かせ下さい」
アンリエッタにも考えはあるが、パートナーとなる人間の考え方や能力を見極める為にも、自分の考えた事業を先に明かすのは良くない。
「僕は父の事業を引き継いで、最近、魔鉄鋼や綿花の事業にたずさわっております」
リチャードは自分の考えをまとめる為に頭をフル回転させながらも、それが目の前の投資家になるであろう人物に、気付かれない様に冷静さを装っていた。
勿論そんなことは、この人には最初からお見通しであろう。
「ですが、魔鉄鋼も綿花も周りが思っているよりも収益が少ないのです」
それ以降の話しは、執事長のアンドレから聞いた話しと大差なかった。
「魔鉄鋼に関しては、精製する人間を雇うことが出来れば、さらに職人に魔剣や魔道具を作らせて、事業として飛躍するのではないかと考えています」
「綿花については、何かお考えがございますか」
魔鉄鋼に関しては、頭の回る商人であれば、それくらいの事は今までに考えてきたはず。
まあ、実際には、魔鉄鋼を他領地や他国に売り、精製された魔鉄や魔剣、魔道具を輸入してきたのだから、何もしてこなかったとも言える。
「綿花もやはり、綿をそのまま利用する布団や綿入りの服であれば、今も子爵領で作り売ることが可能です」
そこからリチャードが身を乗り出して、話を続けた。
「僕は綿を糸にして、織物の販売から服の制作まで手掛けられれば、大きな収益に繋がると考えてきました」
「それでは、私とリチャード様がいれば、それらの問題が解決出来るかを話し合いましょう」
アンリエッタは、収益の面からも、今後の男爵家の要求を対応するにも、ブルークとリチャードの信頼を勝ち取る必要があると考えている。
それからの動きは素早かった。
まずはアンドレの執務室を訪ねた。
「アンドレ、少しお時間よろしいですか」
執事長のアンドレからは敬称を付けるなと言われて、最近やっと名前で呼ぶことに慣れてきた。
「どうぞ、お入りになってください」
アンドレは、快く部屋に通してくれた。
「紹介してもらったダイバス家当主との話しを、ブルーク様に相談したいのですが、執務室にお邪魔してもいいか、お聞き頂けますか」
「ブルーク様の奥方様なのですから、いつ行かれても大丈夫だと思いますが」
アンドレは何故自分に許可を取るように言ってきたのか、理由が分からない。
「おっしゃる通りかもしれません。ですが、子爵家の事業の話しを相談させて頂くので、執務室に行く許可が欲しいのです」
「かしこまりました。少々お待ちください」
アンドレはアンリエッタの気持ちを察してくれたのか、部屋を出ていった。
トントントン
「どうぞ」
しばらくしてアンドレが戻ったのか、扉を叩く音がした。
「やあ、アンリエッタ。事業の話しと聞いて、急いでやってきたよ」
なんとブルークが、わざわざアンドレの部屋に訪ねて来てくれた。
「ブルーク様、私から参りましたのに、申し訳ありません」
アンリエッタは立ち上がり、呼び出した形になったことをわびる。
「昼間会えるのも嬉しいが、事業の話しだと言うから、このまま抱きしめてキスをしたら、君にあきれられてしまうかな」
美しいと言っても過言ではないブルークに、そんな言葉を投げかけられて、アンリエッタは真っ赤になってしまう。
「そんな、嬉しいです」
アンリエッタはうつむいてしまったが、正直な気持ちを口にする。
「良かった。事業の話しをするようになって、夫として見てもらえなくなったら、ガッカリだからね」
ブルークはアンリエッタを抱き寄せて、アンリエッタの小さなアゴを指先で軽く上に向けさせると、吸い付くように唇をかさねてくる。
アンリエッタは背の高いブルークに合わせて、足の爪先を目一杯立てて、しがみついた。
「ふう。私たちの部屋以外でキスをするなんて、思わなかったね」
ブルークは唾液で濡れたアンリエッタの唇を指でぬぐってやりながら、楽しそうに笑っている。
けれどアンリエッタの瞳はうっとりと潤んでいて、事業の話しどころではなさそうだ。
「アンリエッタ、私が悪かった。ソファに座って、落ち着いてから、ちゃんと話しを聞くから」
ブルークの優しい言葉に、アンリエッタは思わず涙をこぼしてしまう。
「わあ、私は別に君の話しを邪魔するつもりで、キスをした訳じゃなくて」
ブルークがアンリエッタの涙を見て、あわてている。
「違うんです。ブルーク様があまりにもお優しいから」
アンリエッタには、家族から、こんな風に気にかけてもらい、いたわってもらった記憶がない。
「これからは、何でも相談して欲しい。私が君を守っていくから」
アンリエッタの言葉を聞いて、ブルークは再びアンリエッタを抱きよせた。
アンリエッタが落ち着くのを待って、ブルークは事業の話しを聞いてくれた。
ブルークからは、魔鉄鋼の精製事業をアンリエッタが進めて、リチャードに引き継がせるように言われた。
続いてアンリエッタは、職人に魔剣や魔道具を作らせたいとブルークに相談した。
するとブルークは、職人に弟子を取らせて育てさせ、その分の手間賃を渡すことで、事業の拡大を進めていくようにアンリエッタに権限をくれたのだ。
綿花については、リチャードの考えた糸から機織りをする職人を高額の報酬で呼び寄せる予定だ。
そして魔剣や魔道具と同じように弟子を取らせて、綿織物を産業として確立させる為に動き始めた。
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