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私が子供達を殺しました
国王陛下の御前に引きずり出されたアンリエッタは跪き声をあらげた。
「私が子供達を殺したのです」
アンリエッタの視線から握り締めて震える拳が映ったと思った瞬間、次の画面に移り変わっていた。
◇◆◇
『「自分の子供を殺すなんて、恐ろしい魔女め。お前なんか早く死んでしまえ」
断頭台の前に集まった民衆から、アンリエッタは罵声を浴びていた。
「よくも、侯爵家の血筋を継いだ子を殺したな!呪われろ」
それは夫であるブルークの口から聞いた最後の言葉だった。
アンリエッタはうつむいていた。
今ここで自分のした事を責められて、ブルークにどんな顔をすればいいのだろう。
断頭台には洗っても拭い去れていない血がこびりついていた。
そこに跪かされて髪を掴まれ、首を固定されて刃の下に首を晒す。
「っ…………!」
間近に迫った刃に喉が干上がった。
アンリエッタは知っている。
この剣がどのようにスッパリとアンリエッタの首を切り落としていくかを。
その恐怖と緊張に耐え切れず目を瞑ると、脳裏にいくつかの場面がイメージとして浮かんできた。
侯爵領の民を犠牲にして税金を搾り取り、民がその日のパンすら手に入れられなかった悲痛な顔。
そしてアンリエッタは、侯爵家の財産を奪い取ろうとしたのか?
「┅┅」
アンリエッタは断頭台で拘束されたまま何かを叫んだ。
その瞳に迷いはない。
自分が行った事への後悔もないようだ。
ただ、アンリエッタが何を叫んだのか聞き取る事が出来なかった』
◇◆◇
「はぁっ」
アンリエッタが目覚めると、そこは馴染みのある自分のベッドの上だった。
「いつまで寝てるんだい。明日は結婚式なんだ。そのみすぼらしい身なりを整えるのに、どれだけお金が必要か」
アンリエッタの記憶よりも、少しだけ若いコッポラ男爵夫人クルーシェが、侍女を引き連れて、アンリエッタの部屋に押し入って来た。
とは言っても、アンリエッタの部屋にノックをして入って来た事等なかったけれど。
「結婚式って何を言って。私は死んだんじゃ?」
アンリエッタは、まさか夢を見ていた訳じゃないだろうと頭を抱えた。
バシンっ
「きゃあ」
アンリエッタは、クルーシェに髪を鷲掴みにされたまま頭を叩かれて、ベッドから叩き出された。
「お前なんか、死んでしまえば良かったんだ。生かしておいてやったんだから、侯爵家に嫁いでお金を稼いできな」
侯爵家との結婚が決まった日からアンリエッタが言われ続けてきた言葉だ。
「あんたが役に立たなければ、侯爵家にあんたが私生児だって事だけじゃない。あの事もバラしてやるからね」
クルーシェは、侍女に指示を出して、アンリエッタを商品として侯爵家に売り出すための支度をさせた。
生まれてから1度も着た事のないレースを使ったドレスには、安物の宝石まで散りばめられていた。
(結婚式と言う事は、私が処刑される┅┅5年前だ)
そうだ。
侯爵との結婚式の前日。
あの時も男爵家で、いつものように脅されたんだっけ。
侯爵家の財産を少しずつ男爵家のものにしていくように、ずっと脅されてきた。
跡取りを生んだら、男爵家から乳母を派遣する。
全てその乳母に任せて、子育てには口を出すな。
そうしなければ、お前が本当は男爵家の私生児でしかない事を侯爵にバラしてやると。
もう一つの秘密もね。
アンリエッタは男爵家から出たい一心で、義母であるクルーシェや父親であるコッポラ男爵の言いなりとなって、侯爵家に嫁ぐ事となった。
けれど、夢で見た前世の記憶が確かなら、アンリエッタは子供達を自分の手で殺した事になる。
何故、そんな恐ろしい事が出来たのだろう。
前世のアンリエッタは、そんな人間だったのだろうか。
それなら、処刑されても仕方がない。
アンリエッタに今世を生き直す資格があるのだろうか?
いいえ、そんなこ事はどうでもいい。
侯爵家に嫁いで子供が生まれるのなら、今度こそ子供達を守らなければ。
◇◆◇
今日は侯爵家と男爵家の結婚式が行われる。
午前中の貴族は、王宮で王や貴族の朝食会に出席する事になっている。
ここで国王に結婚の報告をするのだ。
その後、正午からは王宮を出て、街中にある神殿に向かう。
結婚式自体は一時間ほどで終わってしまうので、その頃には大勢の人が見物に来るだろう。
そして夕方には披露宴が始まるのだ。
この披露宴は貴族の社交界になるのだが、そこでも侯爵家にゆかりのある人たちがお祝いを述べる事になっている。
ああっ、そうだ。
この美しい青みがかった銀髪と空色の瞳の背が高いハンサムが、アンリエッタの夫だった。
前世では私はこの人を騙して、侯爵家の財産を売り飛ばして、領民の税金を倍にして侯爵領の魔女と呼ばれていた。
そして子供を殺して、この人から憎まれて死んでいくのか。
侯爵であるブルーク▪フェルガモテ侯爵に次々と挨拶がかわされていく。
アンリエッタは隣で今後どうすれば、5年後も生き残れるのか考えを巡らせていた。
貴族間の結婚は、跡取りを生む事が第一とされている。
前世でこの人は、どんな人だったかしら?
アンリエッタは子供を自ら殺した衝撃的な自白と処刑された記憶だけは、はっきりと覚えていた。
けれど、それ以外は、男爵家でのいじめや食事を満足に与えられなかった空腹感、時には暴力を振るわれた記憶しか覚えていなかった。
侯爵家の結婚式は盛大に行われた。
◇◆◇
その夜、寝室で初夜の前にブルークに、自分が私生児である事を告白しようかとネグリジェの裾を握り締めていた
でも、もう一つの秘密だけは口に出来ないだろう。
「アンリエッタ嬢、そんなに緊張しないで下さい。私も初めてなので、夫婦になって初めての共同作業だと思って下さい」
ブルークは真面目な顔で、これから新婚初夜を迎える花嫁に、共同作業だと言いはなった。
「ぷっ、くくくっ。あっ申し訳ありません。侯爵様が、共同作業だなんておっしゃるから、つい」
アンリエッタは思わず吹き出してしまった事で、ブルークが気を悪くしたのではないかと視線を合わせた。
「やっと笑ってくれましたね。私達は恋愛結婚とは言えないかもしれませんが、結婚してから恋愛しても遅くはないと思いませんか?」
ブルークは、優しい空色の瞳を細めて、アンリエッタの頬を大きな両手に包み込んだ。
「はい。私の旦那様が┅┅恋人が侯爵様で嬉しいです」
アンリエッタはブルークからのキスを待ち瞳を閉じた。
ブルークは微かに震えるアンリエッタの瞼に口づけをした後、鼻先をかすめて唇にたどり着く。
2人の初夜は誓いのキスから始まった。
ブルークは戸惑うアンリエッタを抱きしめると再び唇にキスを落とす。
今度は少し強引に舌を差し込むとアンリエッタの口内をなめ回す。
「んっ、んんっ……ふっ……あふ」
ブルークが唇を放すと2人の間に唾液の橋がかかる。
アンリエッタは瞳を潤ませながらブルークを見つめると再び唇を合わせた。
ブルークはそんな彼女が愛おしく感じ始めていた。
彼女の体のあちこちに口づけ夜はふけていった。
アンリエッタは心の底から、ブルークと生まれてくる子供達との幸せを守ってみせると決意した。
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