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第13話 贈り物
アンリエッタは双子用のベッドを2台つまり4児分のベッドを部屋に運んだ。
名目上は、偽物の双子を自分の部屋で見守り、本物の双子を侍従として近くで育てたいという少し無理のあるものだった。
けれど侯爵領の弱い事業も次々と改善させていく侯爵夫人がする事なので、何か意味があるのだろうと誰も口出ししなかった。
アンリエッタを快く思っていないブルークが子供だけは可愛いのか、部屋を頻繁に訪れるようになった。
「何故だろう。一緒に育てているせいか、レオンとレベッカが、我が子のように感じられる」
ブルークの言葉にアンリエッタは凍りつく。
「何を馬鹿な事をおっしゃるんですか。確かに私もレオンとレベッカは可愛いですが、アルフレッドとアナベルが私達の子供です」
「意外です」
「何がですか」
「あなたこそレオンとレベッカをアルフレッドとアナベルと同じように思っているのかと」
ブルークは、アンリエッタの異常とも思えるレオンとレベッカの待遇こそ我が子と勘違いしているのではと感じていた。
「アルフレッドとアナベルは手の掛からない子だから、そう思われるのでしょう」
アンリエッタは次から次へと思ってもいない言葉が自分の口から溢れていくのを止められなかった。
「私は自分の青みがかった銀髪を持つレオンとレベッカに特別な何かを感じているようだ」
やはり親としてレオンとレベッカに通じるものがあるのだろうか。
「ええ、ブルーク様、レオンとレベッカもアルフレッドとアナベルと同じように大切に育てましょう」
アンリエッタは我が子が、実の父親から可愛がられるなら何よりだと思った。
この子達が疎まれずに侯爵家で健やかに育ちますように┅┅。
◇◆◇
しばらくして、ミリアムの飾り細工で宝箱や手鏡、魔道具、魔剣のポンメルやグリップ、ガード等の試作品が出来てきた。
どれも手作りで大量生産が出来ない為、貴族や騎士、金持ちに売る商品になりそうだ。
「一番最初にプレゼントとして、レオンとレベッカに箱を貰ったわよね」
こんなに素敵な飾り細工を貰って喜ばない貴族はいないだろう。
「次はブルーク様とアンドレ様に販売前のお披露目として、贈り物にしましょう」
今までは執事長であるアンドレの了承を取ってきたが、出来れば侯爵領の主であるブルークの了承を貰いたかった。
いくら侯爵領の事業を改善させたとはいっても、侯爵領の主であるブルークが望まない事を勝手に推し進めるのは間違っていると思う。
アンリエッタは、ブルークに贈る為に双子と同じ宝箱を作らせた。
そしてアンドレには執事長として常に身嗜みに気を遣っているので、折り畳み式の四角い飾りの手鏡にした。
「ブルーク様、アンドレ様、少しよろしいでしょうか」
アンリエッタは2人が一緒にいる時間を見計らって、ブルークの執務室を訪れた。
「どうぞお入り下さい」
アンドレがブルークの命で扉を開けた。
「実は先日アトリエで働くミリアムという女性が、子供の誕生を祝って飾り細工の施された宝箱をくれたんです」
アンリエッタはブルークの前に樹木と花々の細工が施された魔鉄の箱を置いた。
「これは見事ですな」
アンドレは手に取ってよいかと許可を取って持ち上げると、細部まで観察した。
「ブルーク様」
アンドレの声掛けに、ブルークも宝箱を手に取った。
「よく出来ている」
「そしてこちらが、お2人にお作りした贈り物です」
アンリエッタはブルークには双子と同じ箱を手渡して、アンドレには手鏡を渡した。
「私も頂いてよろしいのでしょうか」
アンドレはかしこまって手鏡を両手の上に乗せた。
「これから少数のみ発売しようと思うのですが、如何でしょうか?」
「手作りだから少数なのか」
「さすがです。その通りですわ」
今、このクオリティを保てるのは1人だけなので大量生産が難しいのです。
数が少なすぎて利益を見込めないからダメだと言われるのではないかと気が気ではなかった。
「数は少なくても問題ないだろう。こんな細工の施された商品を売っている商団だというのが重要なんだ」
本当にさすがだわ。
商売の本質を見抜いている。
「では、こちらの商品各種を侯爵領から、販売させて頂いてもよろしいでしょうか」
アンリエッタの申し出にブルークとアンドレは顔を見合わせている。
「何故許可など?今までは勝手に事業を立ち上げてきたのではないか」
最もなご意見です。
「出来れば商品について感想やアドバイスを頂ければ、自信を持って販売出来ると思ったのです」
「侯爵領の利益になるなら勝手に販売すればいい」
ブルークの冷たい言葉。
ブルークがアンリエッタを気に入らないのは仕方がない。
アンリエッタも図々しい実家が付いてくるパートーナーなんて欲しくない。
「それにしても、表に飾り細工をして、内側に鏡とは素晴らしいアイデアてすな」
冷たい空気が漂っていた空間にアンドレの穏やかな声が広がる。
「確かにこの飾り細工は素晴らしいですが、一つ一つ手作りでは高額になるのでしょう」
「その通りですわ」
「ならば飾り細工無しの商品や少しだけ花柄や星形を一つ施した物を安価で売る事は出来ませんか」
「飾り細工を施さなくても売れますか?」
アンリエッタは考えもしなかった案に戸惑っている。
「今まで、鏡を割らずに持ち歩ける道具等売られてきませんでした。しかも魔鉄を使っているという事は、魔法を込める事も可能です」
魔鉄には魔法を込める事が出来るので、普通の鉄よりも価値が高くなる。
例えば、持ち主を守護する魔法や持ち主の位置を確認する魔法である。
ただし別の魔法は反発し合うので、一つの持ち物に一つの魔法しかかけられない。
「商品の形自体にも魔鉄自体にも価値があるから、シンプルな物を市民に売るのですね」
「その通りです」
アンドレには商才があるようだ。
マルチな才能がなければ、執事は務まらないと言われているから当然かもしれない。
◇◆◇
魔防具は特注品として1人の騎士が身に付けたところ、流麗な模様と青みがかった銀の鎧が人気となった。
実はこれはアンリエッタの作戦で、侯爵領でも人気の高い騎士爵に贈呈して身に付けて貰ったものだ。
作戦は見事成功した。
その騎士を真似たい他の騎士達から、鎧や盾、兜の細工注文が殺到したのだ。
「嬉しい悲鳴ってやつですね」
「いえいえ、マジで悲鳴をあげてますよ」
ミリアムとそれを手伝うミリーが首を回しながら肩を叩いている。
大分、根を詰めて肩が凝ったのだろう。
「あまり張り切りすぎて倒れでもしたら、アンリエッタ様が悲しみます」
モリーは差し入れのサンドイッチをテーブルに出して、お茶の用意をした。
「手軽に摘まめるようにサンドイッチにしました。無理せず頑張って下さい」
「モリーさんも織物を手伝っていると聞いたわ」
「祖母が機織りの名人で、子供の頃に教わっていたので懐かしいです」
あの素晴らしい紋章が入ったハンカチーフは、名人と言われた祖母から教わった技術だった。
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