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第6話 5人の仲間
魔岩石とは、魔力のある魔獣が死んで、化石となった物だと言われている。
魔岩石を聖心魔法が使える魔法師が精製して、魔鉄を作る。
これは、岩石から原石を掘り出す作業に近いと思う。
魔鉄になって初めて、魔剣や魔道具といった魔法の宿る便利な高級アイテムを作ることが出来る。
また、余剰価値として、魔岩石を魔鉄にする際に分離した液体が魔法水で、呪い消しや毒消しに用いられる。
しかしフェラガモテ子爵領には、聖心魔法を使える人間は少なくて、いたとしてもほとんどの人間は、聖心教会で神父になる。
何故なら貴族と同じで、神父は代々引き継がれてきた職業だから。
アンリエッタは、神父の家系から神父にならなかった、つまり跡取りでない弟や姉妹を探している。
リチャードは優秀で人脈もあり、直ぐに候補となる神父の家系に連なる弟妹と出会えた。
こうして、魔岩石を精製する工房となるこのアトリエに5人の男女が集められていた。
店舗は、アンリエッタが足を踏み入れる場所と言うこともあり、大通りに面した採光の入る綺麗な場所を用意した。
実はここは、リチャードが新しく店を構えようと狙っていた場所で、工房を作るならと譲ってもらったのだ。
「はじめまして。子爵の妻のアンリエッタと申します。本日は、皆様にご相談があり、お集まり頂きました」
「本当に子爵夫人ですか?何故ここに」
子爵夫人が来ると知らされていなかった為、集められた5人は、何が起きるのかと心配になっている。
「事前にご説明致しました通り、皆様にお仕事を手伝って頂きたいのです」
「魔岩石を精製するには、聖心魔法が必要です。報酬は充分にお支払いします」
アンリエッタとリチャードが、順番に説明をしていく。
「あの私は聖心魔法を使えないのですが、どなたかとお間違えではありませんか?」
濃いブラウンヘアの女性が質問をした。
「私もです」
続いて恰幅の良い男性も、遠慮がちに手をあげる。
次々に自分も聖心魔法は使えないと声があがったところで、アンリエッタが席を立った。
「皆様、ご不安な思いをさせて申し訳ございません。聖心魔法は生まれによって引き継がれることが多く、ここにいる皆様の家系は神父の家系かと存じます」
アンリエッタの説明に、皆が注目する。
「嫡男が修練によって、聖心魔法を修めて神父となる為、皆様には聖心魔法を習得する機会がなかったのではないでしょうか」
「そうなの?私たちには最初から聖心魔法を習得する能力がないと思ってきたのだけど」
「うん、考えてもみなかったな」
5人とも自分たちに聖心魔法の才能があるとは考えてもみなかったようだ。
「私が皆様に、聖心魔法の使い方をお伝え致します。ですが、万が一聖心魔法が使えなかった場合にも、ご希望頂ければ一緒に働いて頂きたく思っております」
アンリエッタの説明で、わあっと歓声があがる。
貴族も神父も平民も、嫡男以外はなかなか良い仕事に付けないことが普通だった。
ここに集められた5人も例外ではなく神父と言う家系が邪魔をして、思うように働けない。
「何でもやります。やらせて下さい」
「聖心魔法が使えるかもしれないなんて、夢みたいです」
「子爵夫人に感謝を」
皆が、席を立ち上がりアンリエッタの前にひざまずいた。
「皆様、お立ち下さい。私たちは一緒に働く仲間です」
アンリエッタは、皆の手を取り直ぐに立たせる。
こうして5人が、アトリエで働く仲間となった。
当初、アンリエッタは1日の大半を付きっきりで、聖心魔法の修練を手伝っていた。
皆がコツを掴んでからは、朝一で顔を出して差し入れをしたら、午前の間には、子爵家に戻るように気を付けている。
子爵夫人が街でフラフラしていると噂になり始めたと、モリーに聞かされた為だ。
職をえたい。聖心魔法を使えるようになりたい。
そんな気持ちの強い5人だったので、1ケ月の間に聖心魔法っぽい物が、掌からヒョロヒョロと出始めている。
それには、アンリエッタもリチャードも驚き5人も大喜びだった。
「無理はしないで欲しいのですが、これからは魔岩石を1つずつお渡ししますので、そこに聖心魔法を両手から出すイメージで浴びせて下さい。
するとこの紫と黒の混ざった魔岩石が青い魔鉄になります。この魔鉄を作る作業をお願いしたいのです」
アンリエッタが、最終段階なので頑張るようにと、応援しながら説明をする。
「もう1つ大切なことなのですが、魔岩石に聖心魔法を浴びせて魔鉄を作る際に出来る液体は魔法水なので、必ず指定の樽に容れて保管して下さい」
アンリエッタは、この魔法水も貴重なので気を付けて欲しいと付け加えた。
「はい。分かりました」
「それでは、魔岩石を扱うに当たり正式な契約書を交わして頂きます。じっくり読んで署名したら僕に下さい」
リチャードから練習用の魔岩石と契約書を渡されて、皆じっくりと契約書に目を通しはじめる。
濃いブラウンの髪の女性が、しっかり者のミリアム。
ミリアムと似た髪のミリー。髪と名前が似てるせいで姉妹かと思ったが、他人だった。
恰幅の良い若者が、話好きのクライブ。
細身で青白い顔の病弱そうな男性は、人見知りのステファノ。
5人の中で、一番年の若い金髪の少年が、見た目も性格も可愛いトーマ。
5人にそれぞれ魔岩石を渡して、後をリチャードの部下に任せて帰ることとなった。
◇◆◇
アトリエの外に出て、馬車の前でアンリエッタとリチャードが話し始める。
「この調子なら、直ぐに魔鉄が用意出来そうですね」
「魔剣や魔道具を作る職人は、元から父の仕事を手伝っていた者たちです。父と一緒に引退するはずだった職人を師匠にして、すでに訓練が始まっています」
「あの剣や道具を作るのって、数ヵ月の訓練で出来るものなんですか?」
モリーが珍しく口をはさむ。
「勿論素人には無理です。彼らは元から剣や道具を作る職人なんです。魔剣や魔道具を作る方が給与がいいので、簡単に引き抜けました」
「うわっ、それも凄い」
モリーはさすがだと、リチャードを称賛した。
◇◆◇
アンリエッタは一人、ベッドサイトの椅子に腰掛けて考えている。
クルーシェ夫人が、子爵家を訪問してからだろうか?
それともアンリエッタが妊娠してからなのか、ブルーク子爵が寝室に訪れることがなくなった。
妊娠したから夫婦の営みが出来ないから、来ないと言うのとは違う気がする。
そう、食事の時間にも顔を会わさなくなって久しい。
まだ生まれてくる子供が男女どちらなのかも分からない。
記憶にもないけれど、アンリエッタは子供を殺したと言っていた。
その曖昧な記憶のせいで、アンリエッタがおかしな態度でもとってしまったのか。
アンリエッタは、いつの間にかブルーク子爵に避けられるようになってしまった。
アンリエッタが、何か失敗をしたのだろうか?
媚薬の件やクルーシェの失礼な訪問は、確かにアンリエッタの嫁入りが原因とも言えなくはない。
でも、ブルーク子爵に嫌われたまま子供を生んで、子供を守ることが出来るだろうか。
万が一の時には、ブルークが、アンリエッタから子供を守ってもらいたい。
どうしたらブルークは、またアンリエッタを心に留めてくれるだろうか?
◇◆◇
ブルークは薄暗い寝室で1人、ベッドの背に寄り掛かりながら、物思いにふけっている。
アンリエッタを初めて見た時には、珍しいストロベリーミルクの髪に、琥珀色の瞳を持つ美しい令嬢で息を飲んだ。
結婚式では、真っ白のドレスにストロベリーミルクの髪が、まるでショートケーキのようで、食べてしまいたいと思った。
2人で話したアンリエッタは、貴族の令嬢と言うよりは素朴な女の子と言う印象た。
けれどアンリエッタが来てから起きた媚薬やクルーシェ夫人の失礼な訪問や要求は、彼女と無関係とは言えない。
子爵家に害をなす存在となれば、領主としては、切り捨てるしかないと思っても、ブルークはアンリエッタを愛している。
子爵家の使用人たちも、皆、アンリエッタに親しみを感じているだろう。
ブルークの望みは、アンリエッタと子供だけは守り、男爵家を排除することだ。
けれど、アンリエッタにとっては男爵家は実家であり家族なのだと思うと、アンリエッタにどう接していいか分からなくなる。
今は静かに子供が生まれるのを待つしかない。
男爵家が、何か企んでいるなら、行動を起こすのは子供が生まれてからだろう。
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