第15話 アルトとギヴ

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第15話 アルトとギヴ

 妖精の棲みかに繋がると言う木の根元に出来た小さな穴に、ユキが吸い込まれてしまった。 「ユキっ、お~い返事をしろ」 ユキを呼んでも返事が返ってこない。 何があるか分からない場所に、まだ赤ん坊のリーフを連れていくのか? 俺が安易に蜂蜜をやると言ったから。いいや、違う。 人間を敵視しているかもしれない妖精の棲みかまで、蜂蜜なんかを持っていってやるなんて格好付けたからだ。 「この先に何があるか分からないから┅┅」 リーフを置いていくのか?それとも俺も行くのを止めるのか? 「ユキちゃんないない」 リーフは突然いなくなったユキを心配して、早く探してくれと言っているようだった。 「一緒にユキのところに行くか?」 「あい」 「じゃあ、どんなことがあっても俺から離れないでくれ」 「アニぎゅう」 翼はリーフを抱えるようにして、木の根元の穴に近付いた。 すると頭から掃除機で吸い取られるように穴に吸い込まれる感覚がして、気が付いた時には見知らぬ場所に来ていた。 「来たか」 「ユキっ、無事だったか」 「めっ、めっ」 どうやらリーフがユキを責めているようだ。こんなに可愛く怒られてみたい。 「ぬぬっ、我は先に来て待っていただけではないか」 「ハハッ、そうだな。でも会えて本当に良かった」 ユキは自分が小さな穴に吸い込まれる姿を見ていないから、のんきに待っていられたんだろう。 「待ちくたびれたわ」 「┅┅」 翼が地球の知識で思っている妖精と、どうも違う。 悪い奴ではないのだろうけど、関わるとろくなことがないぞ。と翼の第六感が訴えている。 「もう少ししたら、妖精の棲みかに着くから」 「待ってくれ。俺達が妖精の棲みかにまで行くのは不味いんじゃないか?」 「うむ、ここから近いのなら蜂蜜を置いていけばよい。幸いここは人間も近付かぬだろう」 「でも、でも、ここから家までなんて運べないわさ」 アルルは慌て出して、せめてもう少しだけ家の近くまで運んでくれと懇願した。 「はあ」 もうここまで来てしまったし、運べないと言うのを放ったらかしにも出来ないか。 「妖精達に、見付からない場所までにしてくれよ」 「任せてちょうだい」 「それでここは、何なんだ?」 木の根元の穴に吸い込まれて出た先が見知らぬ場所だったのだけど、大きな円柱の中にいるようだ。 円柱の内側はぐるっと木の壁で出来ていて、蔦のカーテンが上空から垂れ下がっていた。 上空は明るくて、蔦の先がよく見えない不思議な空間だ。 でも、待てよ。見覚えのある穴が二つある。 一つは翼達が入って出てきた穴で、反対側に同じような穴がある。 「まさか木の中なのか?でも、こんなにバカデカイ木じゃなかった筈」 「さっきから1人で何を騒いでいるの?妖精の通り道なんだから、こんなの当たり前でしょ」 ムカつく。誰のせいだと思ってるんだ。 「誰のせいだと思っておるのだ」 あれ?今、俺口に出して言っちゃってた? 「分かっておるなら、さっさと道案内しろ」 ユキも翼と、同じことを思っていたんだな。 俺は相手のことを思うとなかなか思ったことを口に出せずに、鬱憤が溜まってしまうからユキの存在は正直助かる。 「さっさしろ」 んっ、今のは?まさかリーフちゃん? 「はははは、うん、リーフは間違ってない」 「分かったわよ。反対側の穴から外に出れるから着いてきなさい」 「はいはい」 アルルがあっという間に穴に吸い込まれるのを確認して、ユキを先頭に翼がリーフを抱えて後に続いた。 「今度は人間が出てきたぞ」 穴から出ると、アルルによく似た小さな妖精達が、長い針のような槍を持って翼達を取り囲んでいた。 「違うだわさ。この人間はあたしに蜂蜜をくれて、でも自分じゃ運べないから」 「アルルに運べぬ物を分け与えて運んでやるフリをして、妖精の棲みかに入り込んだのだな」 「いや、妖精の棲みかに興味ないので」 「だったら、何故ここにいるのだ」 ああ、説明してもダメなやつだ。 「我が、1人残らず殺してやるか」 「今は黙ってて」 翼はユキに余計なことを言うなと釘を刺した。 「うむ」 「ひいっ、やはり妖精の棲みかを蹂躙に来たのだな」 「兵士達をかき集めろ」 「先鋒はおいらに任せろ」 集団の中から妖精が飛び出してきて、槍を構えて翼に突進してきた。 「やあの」 次の瞬間リーフが翼の腕の中から飛び出して、その身に妖精の矢が深々と突き刺さった。 「リーフっ」 翼は褐色の肌の妖精を刺さった槍ごとリーフから引き剥がして、投げ捨てた。 ドンッ 褐色の肌の妖精ギヴは、近くの木にぶつかりそのままパサっと根元に落ちた。 「リーフ、大丈夫か?傷は?」 翼はパニックになった頭で、槍に刺さった傷跡はどこだとリーフの体をひっくり返して確認している。 どこも怪我をしてないみたいだ。とにかく良かった。 「何をするんだ、人間」 それを見た他の妖精達は、一斉に飛び掛かろうと槍を構え直した。 投げ捨てられた褐色の妖精ギヴは、打ち所が悪かったのか動かない。 「それはこちらの台詞だ、羽虫ども」 ユキはいつの間にか翼の前に出て、妖精達と睨みをきかせていた。 「はむし」 その時リーフがまたしても翼の腕から飛び出して、妖精達の前にデンっと立ち塞がった。 実際にはチョコンと座ってる感じだが。 「世界樹の子だ」 リーフを見た妖精の1人が思わずといった感じで呟いた。 「そうだわさ、この人間は妖精の使途だわさ」 アルルは仲間達の前だからなのか、慌てているせいなのか口癖を気にする余裕もなくなっていた。 「この人間が我らの使途様だと?」 「横の白いライオンを見てみろ、あれは本当にライオンか?キマイラの神獣様じゃないのか」 「皆の者、控えろ。我らが使途様、この様な時にお越し頂くとは幸甚の至り」 若い妖精が多い中で、1人白髪で長い髭をはやした長老のような妖精アルトが前に進み出た。 この様な時ってどのような時?と聞ける雰囲気じゃないし、様子を見て切り抜けよう。 「俺達は、あなた達の棲みかを破壊するつもりはない。蜂蜜だけ置いて帰らせてもらえたら」 「お待ち下さい」 老妖精アルトに言葉を遮られる。 「このままお帰り頂くなど、とんでもありません。どうか我らの話しをお聞き届け頂けませんでしょうか」 何を届けるって?話しを聞けって意味だよな?ここはおとなしく言うことを聞いておくか。 「分かった。仲間に危害を加えぬと約束してもらえるなら、話しを聞きますよ」 せっかくリーフがその身に槍を受けて体を張って、危機を救ってくれたのだ。 「おお、それでは我らの棲みかにお越し下され」 「でもその前に、俺が手で追い払ってしまった妖精は大丈夫ですか」 「あれはギヴと言うのですが、ギヴが使途様とは知らぬこととは言え勝手に飛び出していったのです。お気になさらず」 気にするなって言われても、起き上がらないぞ。何故か他の妖精まで、ギヴを助け起こす気がないようだ。 「もし怪我をしたなら」 「葉っぱないない」 リーフが珍しく翼の言葉を遮った。 「リーフ大丈夫だよ。リーフを刺した奴を助ける為にリーフに痛い思いをさせてまで葉っぱを抜いたりしないから」 リーフは心優しい子だと思う。 何故なら見知らぬ翼やユキには、自分が痛い思いをしてまで、頭の葉を分け与えてくれたのだから。 そんなリーフが、「あげる葉っぱはない」と言っているのだから、翼もリーフの葉を分け与えるつもりはなかった。 「ポーション(回復効果のある翼が作ったワイン)を持っているので、倒れている子に飲ませてやって下さい」 翼はマジックリュックからポーション(ワインの入った小瓶)を取り出した。 翼の作ったワインに回復効果があることは秘密なので、ポーションということにした。 そして木から小さな葉を一枚むしって、その葉を皿代わりにポーション(ワイン)を垂らした。 「かたじけない」 老妖精アルトが翼から葉を受け取ると、ギヴの口にポーション(ワイン)を注ぎ込んだ。 「うっ、うっ、あっ、人間よくもやりやがったな」 ギヴは目を覚まして、回復するや否や自分の槍を探し始めた。
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