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第20話 消えた眉毛
「何だこれ」
朝起きると右腕の中にリーフがいた。
そして何故か左側には巨大なユキが、ベッドから落ちないように縮こまって寝ていた。
「なんか狭いと思ったんだよ。まったく」
翼は文句を言ったが、口元は可笑しそうに笑っていた。
「ほら、2人とも起きろ。飯を食ったら、出掛けるぞ」
「クエープゥ┅┅むにゃむにゃ┅┅オンプゥ」
クレープ食べて、おんぶされた夢を見てるのか。
「ん~可愛い、可愛い」
翼はベッドで寝るリーフに顔を左右に振りながらスリスリと擦り付けた。
「アニ┅┅いたいの?葉っぱいる?」
寝ぼけながらも翼が、どこか痛いのかと心配してくれている。
自分こそ妖精に頭の葉っぱを沢山引き抜かれて、痛い止めてと泣いていたのに┅┅。
その時、翼が目に浮かべた涙をリーフが無意識の内に自分の体内に吸収していた。
「何をしておるのだ?」
床に膝を付けてリーフに顔を押し当てている翼の姿を見て、ユキが不思議そうに声を掛けた。
「コホン。あれ?なんか顔がクリーンした後みたいにスッキリしてる気がする」
翼が片手で顔を触ると、洗い立てのような素肌の肌触りだ。
「もしかしてリーフには洗顔の能力があるんじゃ」
「アニなに」
自分が呼ばれたと思ったリーフが、目を冷ました。
「やっと起きたのか?ユキもさっさとベッドから下りろよ。まったく」
「うむ」
ベッドが気に入ったらしいユキは、渋々ベッドから下りる。
翼はユキとリーフを連れ立って、宿屋のロビーにやってきた。
「おはようございます」
女将さんと娘さんに挨拶をして、街に出掛けようとしていた。
「ぶっふ」
「くふっふふ、お客さん、髭剃り間違ったんじゃないわよね」
女将さんと娘さんが、翼の顔を見て笑っている。
「え?何か付いてますか?」
翼は両手で顔を触るが、何も付いている様子はない。
「付いていると言うより、付いてないのよ。ほら」
女将さんが自分の手鏡を貸してくれた。
翼は何なんだと思いながら、小さな四角い手鏡を覗き込んだ。
「うわあっ、まさか、そんな眉毛が消えてる」
翼の慌てる様子に、何か手違いでもあったのかと、女将さんが気の毒そうに声を掛けてきた。
「これじゃあ、外に出れないな」
「お兄ちゃん弱そうだから、眉なしの方が強面で冒険者に見えるけど」
宿屋の娘さんが、笑って悪かったとでも言うようにフォローを入れてくれた。
全然まったく一つも嬉しくないフォローだったけど。
「それなら、ちょっと待ってておくれ。私の眉描きを貸してやるよ」
女将さんが奥の従業員専用の部屋から袋を持ってきて、中から眉ペンを出して貸してくれた。
それは翼の知っている眉ペンとは少し違って、炭の粉末をペーストして固めた棒のような物に紙が巻かれていた。
「お借りします」
翼は手鏡を見ながら、手早く眉毛を描き足した。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
女将さんに手鏡と眉ペンを返して、お礼を言った。
「いいんだよ。うん、いつもと変わらない男前だ」
「はははっ、それじゃあ、出掛けてきます」
「ああ、いってらっしゃい」
「お兄ちゃん、いってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
翼はいい宿だなと思いながら外に出て、改めて眉なしの顔を思い出して顔を赤らめた。
「でも、どうして眉毛が無くなったんだろう?」
チロッ
翼はいつの間にか、一緒に寝ていたユキを疑いの目で見た。
「うむ?」
ユキの相槌も、いつもとは違う気がすると翼は考えていた。
それはユキを見る目が、疑惑で一杯だった為である。
「ユキ、何で眉毛が消えていることを教えてくれなかったんだよ」
翼はまるで、八つ当たりのようなことを言い始める。
「眉毛がないことなど、我は気が付かなかったぞ。何故、眉毛等気にするのか理解できん」
そうかキマイラに眉毛の有り無しなんて関係ないから、ユキの悪戯じゃなさそうだな。
「まさか、リーフじゃ┅┅あ、犯人はリーフだ」
次の瞬間、リーフの体がプルンと震えた。
「ないない」
突然翼の口から自分の名前が出てきて驚いたのか、何のことか訳も分からず自分じゃないと否定している。
つまり、今朝リーフの寝言が可愛くて顔をスリスリ擦り付けた時に、リーフの体内に眉毛が吸収されたんだろう。
「はあ。ユキ、なんかごめん」
意味もなくユキを疑ったことを翼は謝った。
「うむ」
ユキは気にしてもいないようだ。そもそも何を疑われているのかも気が付いていないだろう。
ユキは食事以外は度量もデカイし、さすがは将来キマイラ一族の王になる器だと思った。
「なあ、リーフ。リーフに俺が顔をくっ付けると、眉気が消えちゃうのか?」
「わかんない」
眉毛が消えるか分からないと言うより、何を言われているのか分かってない感じだな。
「分からないか」
はあ、リーフの体に眉毛をくっ付けないように気を付けようと翼は思った。
◇◆◇
「珍しい果物の種子が手に入ったし、そろそろ土地を手に入れたいな」
ユキが高額で取り引きされる魔物を狩ってきてくれるので、資金にも余裕がある。
「どこか当てはあるのか?」
「俺もまだ、森を中心とした周辺国しか知らないんだよな」
翼は前世でもお金を貯めて、ゲーム内で冷蔵庫や果実酒を作る樽など料理関連の道具を買い集めていた。
その他にも、いつかゲーム内で店を持つ為に貯金していたのだ。
「キマイラの山の反対側に、高原が広がっているのは知っているか」
「そうなの?聞いたこともないけど、果物の木とか育てても平気かな?」
「砂漠と森、キマイラの山と海に囲まれた草原だから所有国が定まっていないのだ」
「じゃあ、そこに行ってみよう」
ユキの話しを聞いて、翼は俄然やる気になった。
「ただ、どこから来るのか上空をドラゴンが飛んで行くことがある」
「┅┅」
翼は宿屋の床に膝を付いて、脱力してしまった。
言うにこと欠いて、ドラゴン!バカなの?そんな土地勧められて行く人間は自殺志願者しかいないから。
「はああ」
翼が大きなため息を付いた時に、宿屋の部屋の窓が少しだけ開いた。
「お邪魔するわよ」
アルルが、窓のすき間をこじ開けて顔を出した。
いつものアルルなら、勝手に飛び込んできて、喚き散らしていただろう。
先日の最悪な別れから、それ程経っていないからお互いに気まずい。
「何の用だ」
翼の声は冷静で少し冷たい。
「この間のお詫びをしに来たんだわさ」
「失せろ、羽虫」
ユキは相変わらず容赦がない。
「はむしやあの」
リーフが、窓枠から遠いベッドの端に飛び乗った。
「┅┅」
アルルは部屋に入る勇気がないようで、窓枠に腰掛けて話しを続けた。
「前に果樹園や、世界樹の子が安心して暮らせる土地を探しているって言ってたでしょ」
「ああ、それが?」
まさか妖精の棲みかに来いって話しじゃないだろうな。
「妖精の棲みかの反対側にも、同じように木の根元から行ける場所があるだわさ」
「そこも妖精の棲みかだったら、お門違いだ」
翼はベッドに腰掛けて、リーフの頭にそっと手を置いた。
「昔、妖精達が住んでいた聖地で、今は誰も住んでないだわさ」
「それを俺に話す理由や目的は?」
「妖精の棲みかは、この世界でも特殊で聖地と呼ばれる土地なんだわさ。それが年々減ってきていて、住まないまでも先祖の土地を甦らせて欲しいんだわさ」
アルルの話しは、確かに一見筋が通っているように感じる。
だが何故だろう。
妖精の話しに、翼は一抹の不安を感じていた。
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