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「!」
息をのんだ。たぶん、彼以外の全員が。
ぞく、と背筋を冷たいものが滑り落ちていく。恐怖心と危機感。
身を強張らせながら反射的に一歩後ずさる。
「な、なにそれ……。あんた、まさかまた……」
動揺で声を引きつらせながら、柚が言った。
だけど、包丁の切っ先がわたしたちに向くことはなかった。
「ちげーよ。……花鈴、これ」
柄を掴んだまま腕を押し出すようにして、夏樹くんが包丁を差し出してきた。
彼がまたしても残機の強奪を目論んで仲間の命を狙ったわけではなかったと分かり、その点はひとまず安心した。けれど。
「え……?」
意図が掴めなくて、ただただ戸惑ってしまう。
包丁と夏樹くんを見比べ、眉を寄せる。
「それで俺を殺してくれていいから。おまえの残機、返させてくれよ」
見張った瞳が揺れるのを自覚した。
入ってきた言葉を飲み込めなくて、ひたすら狼狽える。
今朝はそう言えないことを嘆いていたけれど、時間を経て、覚悟が決まったということなのだろうか。
「……で、できない」
小刻みに首を横に振り、また一歩後退する。
反対に夏樹くんは踏み込んだ。
「やれよ。やってくれよ」
「無理だよ……!」
「花鈴、頼むから!」
「やだ!!」
押しつけられた包丁を、払い除けるようにして思わず弾き飛ばした。
彼の手から離れたそれが宙へ投げ出されて落ちる。
どっ、と刃の先端が一瞬だけ床に刺さって跳ね、刀身ごと倒れた。回転するように転がり、闇の中に紛れ込む。
「おい……」
「わたしにはできない。誰も殺したくなんてない」
声が震えた。手も、肩も、気づいたら全身が震えていた。
「でも、おまえ、あと1回でも死んだらマジで終わりなんだぞ!? そしたら俺が殺したも同然じゃんか!」
「確かに怖いけど……夏樹くんのことは別に恨んでないし、仮にそうなったとしても夏樹くんのせいだなんて思わないから」
彼は結局のところ、そんな罪の意識から逃れたいだけなのかもしれない。
それでもわたしの身を案じて、残機を返したい、と言ってくれたことは嬉しかった。
確かに夏樹くんを殺して取り返せば、フェアになるのかもしれない。
でも、何があってもわたしにはできそうもない。
「お願いだから……もうそんなこと言わないで」
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