第六夜

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 鼓動がみるみる加速していった。  照れくさいのと嬉しいのと戸惑いとで、咄嗟に言葉が出てこない。  だけど、確かに彼の心を覗けた気がして、くすぐったい気持ちになった。 「……なに、もう! まーたいちゃついて。あーあ、どうせあたしはお邪魔ですよ」  面食(めんく)らって圧倒されていたらしい柚が、ややあって我を取り戻す。 「暑いったらないわ」  ぱたぱたと手で(あお)ぎながら呆れ半分に言う。残りの半分は、やっぱり面白がっている。 「い、いちゃついてないから!」 「いいって、嬉しいくせに」  慌てて反論するけれど、にやにやとしながら一蹴(いっしゅう)された。 「や、やめてよ。朝陽くんに迷惑……」 「俺は迷惑じゃないし、困ってもないけど」  えっ、と思わず声が出た。  彼の方を見るけれど、暗がりの中では影しか見えない。でも、照らしてまともに顔を合わせる勇気はない。  どうしてしまったのだろう。先ほどからやけにストレートというか、迷いのない感じだ。  どきどきさせられる。  まさか、もしかして、本当に────。  ──コツ……  ──キン……ッ  唐突(とうとつ)に物音が聞こえた。  はっとする。3人が3人とも警戒を深めると、浮ついたような空気が一変して凍てついた。  先ほどとは違い、重みを伴って早鐘(はやがね)を打つ心臓。  音は廊下の方から聞こえてきた。 「なに……? 何の音?」 「とにかく隠れよう……!」  聞き慣れない不審な物音に困惑しながら、それぞれライトを消す。  化け物にしろ、ほかの怪異にしろ、恐ろしい予感が漂って全身に絡みついてくる。  その場に屈み、手探りでテーブルの下に潜った。  周囲は壁に沿って配置された棚に囲まれている。隠れられるようなスペースはここ以外にない。  開けられたら、入ってこられたら、確実に見つかる……。 (来ないで、お願い)  ──ガララッ  切実な願いも虚しく、扉が開けられてしまった。  ──コツ……コツ……  近づいてきた硬い足音が、すぐ目の前で止まる。  ちかっ、と途端に眩しい光が射し込んできた。 「うわ、眩しっ」  柚が声を上げる。  ひやりとしたものの、返ってきたのは意外な反応だった。 「あー、やっと見つけた」  そう言った足音の主が屈む。  この声は……夏樹くんだ。 「夏樹!? もう、びびらせないでよ!」  文句を言いながらも心底ほっとしたように、ライトをつけ直した柚がテーブルの下から這って出る。  同じく抜け出して立ち上がったわたしと朝陽くんも、驚いてしまいながらまじまじと彼を見た。 「何してんの? こんなとこで」  (いぶか)しむように朝陽くんが尋ねる。  そうだ、彼は2階を探索していたはずだ。  “やっと見つけた”というのは、わたしたちを捜していたということだろうか? 「…………」  おもむろに夏樹くんが動いた。  後ろ手に隠していた何かを取り出す。  白い光をぎらりと弾く刃────包丁だ。
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