最終夜

13/25
前へ
/189ページ
次へ
 泣き笑いのような言い方だった。その表情まではっきりと想像がつく。 「いつものことだろ」  ふ、と高月くんが笑った気配があった。  緊迫(きんぱく)した状況に変わりはないのに、わたしもつい同じ反応をしてしまう。たぶん、みんなも。  彼らと同じ時間を過ごせてよかった。 「!」  瞬いた瞬間、ほんの1メートル先くらいの位置に化け物が立っていた。  はっと息をのむ。黒々とした双眸(そうぼう)()めつけられる。  真横を何かが通り過ぎた。朝陽くんだ。  彼が庇ってくれるようにして立っている。  その肩越しに化け物に目を戻すと、勢いよく鉈を振り上げたところだった。  ぎらりと刃が光る。 「白石芳乃!」  その名前を叫んだ途端、ぴたりと化け物の動きが止まった。  たったそれだけなのに、恐怖と緊張のせいで息が切れる。空気が重く、酸素が薄い。 「あなたは……本当は殺されたんでしょ?」  両手を握り締め、震える声で続けた。  心臓が暴れている。  まさに一触即発(いっしょくそくはつ)だ。わたしも、朝陽くんも、ほかのみんなも、一秒後には殺されているかもしれない。  それほどに凍てついた空気感が漂い、首元を圧迫してくる。  わたしたちより後ろにいる3人は、固唾(かたず)を呑んで状況を見守っていた。 「…………」  化け物は何も言わない。動かない。  けれど、刃は朝陽くんの身体に向けられたまま。  わたしは息を吸った。 「あなたはいじめを受けてた。自殺ってことになってるけど、本当は加害者のうちのひとりに殺された。違う……?」  いじめを苦に自殺を図った、とされているが、実際には芳乃を殺害した犯人が存在している。  それ自体はほとんど確信を持っていた。  だけど、ひとつでも言動を間違えば、朝陽くんが殺されてしまう。  そんな恐怖と焦りが忍び寄り、余計に呼吸を苦しめてきた。 「その犯人は……“裏切り者”は、この中にいる。だから────」  その先に続ける言葉はもう決めていた。  帰り道、朝陽くんと話したときから。いや、もう少し前だ。  自分自身を疑いながら、今夜で終わらせると決めたときから。  それでも躊躇(ためら)ってしまったのは、みんなと離れたくない、と思ったせいだ。  心からわたしを心配して、信じてくれている。そんな彼らを失望させたくなかった。  認めたくなかった。受け入れたくなかった。  わたしが“裏切り者”だなんて。ぜんぶが偽物だったなんて。  ……でも、もう決めたことだ。  みんなを守るには、すべてを引き換えにするしかない。  わたしは決然(けつぜん)と顔を上げた。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加