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泣き笑いのような言い方だった。その表情まではっきりと想像がつく。
「いつものことだろ」
ふ、と高月くんが笑った気配があった。
緊迫した状況に変わりはないのに、わたしもつい同じ反応をしてしまう。たぶん、みんなも。
彼らと同じ時間を過ごせてよかった。
「!」
瞬いた瞬間、ほんの1メートル先くらいの位置に化け物が立っていた。
はっと息をのむ。黒々とした双眸に睨めつけられる。
真横を何かが通り過ぎた。朝陽くんだ。
彼が庇ってくれるようにして立っている。
その肩越しに化け物に目を戻すと、勢いよく鉈を振り上げたところだった。
ぎらりと刃が光る。
「白石芳乃!」
その名前を叫んだ途端、ぴたりと化け物の動きが止まった。
たったそれだけなのに、恐怖と緊張のせいで息が切れる。空気が重く、酸素が薄い。
「あなたは……本当は殺されたんでしょ?」
両手を握り締め、震える声で続けた。
心臓が暴れている。
まさに一触即発だ。わたしも、朝陽くんも、ほかのみんなも、一秒後には殺されているかもしれない。
それほどに凍てついた空気感が漂い、首元を圧迫してくる。
わたしたちより後ろにいる3人は、固唾を呑んで状況を見守っていた。
「…………」
化け物は何も言わない。動かない。
けれど、刃は朝陽くんの身体に向けられたまま。
わたしは息を吸った。
「あなたはいじめを受けてた。自殺ってことになってるけど、本当は加害者のうちのひとりに殺された。違う……?」
いじめを苦に自殺を図った、とされているが、実際には芳乃を殺害した犯人が存在している。
それ自体はほとんど確信を持っていた。
だけど、ひとつでも言動を間違えば、朝陽くんが殺されてしまう。
そんな恐怖と焦りが忍び寄り、余計に呼吸を苦しめてきた。
「その犯人は……“裏切り者”は、この中にいる。だから────」
その先に続ける言葉はもう決めていた。
帰り道、朝陽くんと話したときから。いや、もう少し前だ。
自分自身を疑いながら、今夜で終わらせると決めたときから。
それでも躊躇ってしまったのは、みんなと離れたくない、と思ったせいだ。
心からわたしを心配して、信じてくれている。そんな彼らを失望させたくなかった。
認めたくなかった。受け入れたくなかった。
わたしが“裏切り者”だなんて。ぜんぶが偽物だったなんて。
……でも、もう決めたことだ。
みんなを守るには、すべてを引き換えにするしかない。
わたしは決然と顔を上げた。
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