550人が本棚に入れています
本棚に追加
10.初の街デートですから
クロエに起こされ、急いで支度をする。今日はエル様と街でデートだった。朝食も街で食べると聞いて、大急ぎで玄関ホールへ向かう。
エル様はすでに待っていた。慌てて駆け寄ると、あと三段のところで抱き上げられる。
「おはよう、アン。あまり慌てると落ちてしまうぞ」
「あ、おはようございます。エル様」
そのまま抱き上げて移動しようとするので、歩けますと訴えた。アルドワン王国を出てから、ほとんど自分の足で歩いていない気がするわ。なぜかエル様は悲しそうなお顔をして、私を見つめる。
「私が触れるのは嫌か?」
「いいえ、嬉しいです」
「だったらこのままで行こう」
「……はい、?」
とんでもない発言を否定して、うっかり頷いて。そこで疑問が浮かんだ。抱っこで移動するのは決定なのかしら。
後ろに従う騎士や侍従も変な顔をしていないから、モンターニュの習慣かもしれない。あまり否定して婚約者に恥をかかせるのは、マズいわよね。抱っこで庭を抜け、門もくぐった。
騎士達は周囲に散らばって警護するようで、さっと姿を消す。侍従や侍女は後ろにいるけれど、距離を空けた。街の中は安全みたい。
エル様は目的地が決まっているようで、足を止めずに一軒の店に入った。お店の入り口は少し低くて、エル様は頭を低くする。と同時に、私の頭を優しく手で包んでくれた。
お礼を言った私は、薄暗い部屋を見回す。たくさんの椅子や机が並ぶ店内で、奥からいい匂いがした。
「開店前だ! ん? 領主様か。いらっしゃい、好きなところに座ってくれ」
店が開く前だと叫んだあと、顔を見せたのはガタイの大きな男性だった。年齢は私のお父様より上かも。彼はごつごつと筋肉が立派な腕に、フライパンを持っていた。体が大きいせいで、フライパンがやたら小さく見える。
話す間に、ひょいっとフライパンの上で何かがひっくり返った。じっと見つめる私に気づき、男性はぱちくりと瞬きする。
「こりゃ失礼した。綺麗なお嬢さんだが、この辺の人じゃなさそうだな」
「はい、アルドワン王国から来ました」
名前はまだ言わない。彼の疑問にだけ答えて、私はにっこり笑った。王侯貴族相手ではないのに、ついやってしまった。失言を防ぐための会話術は、たぶん一般の方に対して必要ないのよね。
「くくっ、これなら王城でも立派に振る舞えるな」
エル様は嬉しそうに笑った。私は試されたの? こてりと首を傾げる私の前に、大きなお皿が置かれた。先ほどの男性が作っていたのは、パンケーキらしい。丸いお皿に丸いパンケーキ、たっぷりと果物のジャムが添えられていた。
「美味しそう!」
「彼の料理は本当にうまいぞ。頂こうか」
これが朝食だと示され、ちらっと侍女のクロエを見てしまった。いつもなら、食事の時に甘いものを先に食べたら叱られる。彼女は何も言わずに頷く。どうやら問題なさそう。
神様に祈りと感謝を捧げて、カトラリーに手を伸ばす。エル様が先に拾い上げ、パンケーキを切り分けた。質問されるまま、好みのジャムと量を告げる。目の前に「ほら」と差し出されて、赤面した。
小説で読んだ「あーん」だと思う。これって思い合った恋人同士がするのよね。照れながらも大きな口でがぶりと食べた。
最初のコメントを投稿しよう!