12.よい領主夫人になれるぞ

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12.よい領主夫人になれるぞ

 エル様は有名なようで、あちこちで声がかかった。足を止めてあれこれと受け取り、私も飴や果物をもらう。 「エル様も、普段から街に降りるんですか」 「ああ、領主の仕事だからな」  エル様によれば、民の暮らしを見れば国の豊かさがわかるらしい。王族が派手な宝飾品をつけて着飾る国でも、街の民が貧しい暮らしをしているなら貧乏な国だ。逆に多くの民が笑顔で幸せに暮らす国なら、王族の功績である、と。  聞いて、難しいと感じた。同時に、私の生まれたアルドワン王国を思い浮かべる。いつ行っても、民は喜んで迎えてくれた。仕事に不慣れでも丁寧に教えてもらえるし、食事を食べられない話を聞いたことがない。 「エル様は、アルドワン王国をどう思いましたか」 「あんなに笑顔が多い民は珍しい。アンの父君が善政を敷いた結果だろう。尊敬する」  ありがとうございますとお礼を口にして、嬉しさににやける頬を両手で包んだ。私やエル様が頂いた物は、すべて後ろの侍従達が運んでいた。重くないかと心配して声をかけるが、後で馬車で運ぶと聞いて安心する。 「アンは気遣いが上手だ。よい領主夫人になれる」 「はい!」  立派な奥さんになろう。皆が頼りにして、エル様のお役に立てるように。相応しい女性になって、褒めてもらえるといいな。ふふっと笑って、エル様に頬を擦り寄せた。  私が嫁ぐ話は広まっているらしく、民は「若奥様」と呼ぶ。まだ婚約者だけど、悪い気はしなかった。だって、エル様の奥さんとして認められた証拠みたいだわ。 「旦那、いつものを買ってくかい?」  話しかけた男性は、焦げた臭いがする。たぶん、コーヒーよね。お茶っ葉の種類だと思ったら、茶色い豆が大量に入った袋を差し出す。黒い飲み物なのに、茶色い豆なの? 「これがコーヒーですか」 「アンは初めて見ただろう。この豆を細かく砕いて、お湯で煮出すんだ」 「なぜ黒い豆ではないのでしょう」  疑問が素直に口をついた。お店の男性もきょとんとしたあと、「そういや、考えたことなかった」と呻く。エル様も「確かに」と納得していた。 「今度、知ってそうな人に聞いとくよ。いつものでいいよな」  気安い口調の店主は、大きな袋から小分けにして差し出した。エル様もさっと支払いを済ませる。その姿に、お買い物体験を思い出した。  王侯貴族は後払いが多く、その場で支払う場合も侍従が払う。自らお金を手にしないので、金貨と銀貨の価値を理解しない人もいると聞いた。  アルドワン王家では五歳になると、お買い物体験をする。支払うお金は、紙だった。こんなお金があるんだと見つめる。 「どうした?」  抱っこされたまま、エル様に説明した。アルドワンは硬貨ばかりで、紙幣はないこと。歴史や他国の教養を教える先生から、話は聞いていること。でも紙幣は初めて見たこと。 「この国を覚えてもらうために、私が説明しよう」 「エル様が?」 「私が教師では不満か」 「いえ! すごく嬉しいです」  一緒にいる時間が増えそう。にこにこしながら、私は首に回した腕を引き寄せた。
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