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14.違って当たり前だけど同じ夕日
美しいレース編みをする女性達は、騎士の奥様だという。家計の助けになるらしい。高く買い取っても王都で販売するので、損しないと聞いて感心した。皆手際が良くて、刺繍が苦手な私は羨ましい。
視察なので、家具を作る職人の工房も訪ねた。何種類もの木材の色を組み合わせ、特殊な加工を施す。まるで絵を描いたようなテーブルの表面が、すべて木材だと聞いて驚いた。これは他国への輸出が主流なのね。
最後に立ち寄ったのは、街から少し離れた奥まった場所。大きめの屋敷があり、数人のご婦人とたくさんの子ども達がいた。様々な理由で親と暮らせない子を預かり、育てる施設だ。親が亡くなった子もいれば、捨てられた子もいる。
全員が仲良く過ごす施設を管理するのは、未亡人となった騎士の奥方だった。中には我が子を失った女性もいて、子ども達に愛情を注いでいる。アルドワン王国にも似たような施設はあるが、ここと違っていた。
わっと取り囲まれ、いろいろな年齢の子が一斉に話しかけてくる。肌の色や髪色が違うことに、疑問をぶつける子もいた。
きょろきょろと見回す私に、エル様が「どうした」と尋ねる。迷ったけれど、聞いた方がいいよね。素直さが私の長所だもの。
「勉強道具が見当たらないのですが」
「勉強?」
「はい、私の国ではこういった施設で、勉強を教えていました。親を頼れない子でも、計算ができて文字が書けたら雇ってもらえます」
言葉を探しながら、説明を続けた。子どもが施設にいられるのは、成人するまで。大人になったら一人で暮らす。でも親がいないと、生活する家を探して仕事を得て……すごく大変だった。その手伝いをするのが、読み書きができる特技だ。
アルドワン王国では、職種や階級に関わらず、ほとんどの人が文字の読み書きができた。それを教える本や文房具が見当たらないことが、不思議だったの。説明を終えた私に、エル様は目を見開いた。
「そうか、アンの国では当たり前か。気づかなかったが、すぐ導入しよう」
ぱちくりと瞬きし、クロエの顔を見る。彼女も親がいなくて、施設で育っていた。すごく優秀な成績で学校を卒業し、王宮に勤める。本人が頑張れば、どんな夢も叶うと思っていたけれど。
「姫様、アルドワン王国の仕組みは珍しいと思います」
「そうなの」
私は他国の状況を知らないから、口にしたけれど……。恐る恐るエル様の顔を見たら、にっこり笑ってくれた。怒られる状況じゃなくてよかったわ。恥をかかせたと言われたら、悲しいもの。
「これからも気づいたことは遠慮するな。得難い姫が婚約者で、私は幸せだ」
大袈裟に喜ぶエル様の様子に、私は首を傾げた。でもあれこれ尋ねてもいいのは助かる。聞いても恥ずかしくないのは今のうちだけ。はやくモンターニュ国の常識や慣習に慣れないと。
足元の子ども達が、一緒に遊ぼうと誘ってくる。でも平気かしら。遊びたいけれど、視察の最中だし。
「せっかくだ、夕日を見て帰ろう」
エル様は見透かしたように、夕方まで滞在すると宣言した。あと二時間くらいかしら。頷いて下ろしてもらい、子ども達と庭へ駆け出した。今後の教育について話をするからと、エル様は客間へ。護衛の騎士や侍女も混じって、皆で遊んだ。
こんなに目一杯走ったの、本当に久しぶりだわ。日が傾くのに気付き、足を止めた。タッチした子が「姫様が次の鬼」と叫ぶ。頷きながら、夕日から目が離せない。
「……お父様、お母様。私は元気です。お兄様やお姉様も、心配しないでね」
一緒に夕日を見た景色と重なり、つい言葉が溢れた。涙はギリギリ持ち堪えたけれど。
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