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68.戦わずに勝ったのね
クロエは渋い顔だったけれど、セリア達は大喜びだった。婚約者と距離が縮まることはいいことなので、叱られたりしない。
宣言通り夕方には起きたエル様は、私も起こした。短い時間なのに、ぐっすり眠ると目覚めがいいのね。夢も見なかったわ。抱っこで食堂へ移動し、用意された食事を楽しむ。この屋敷の料理、こんなに美味しかったかしら。
調味料はエル様だと思う。食事の間、エル様は戦場で起きた出来事をかいつまんで説明した。まず、エル様は自国の兵を引き連れて国境へ向かった。戦場になる場所の手前だけれど、そこから入国して回り込むつもりだったみたい。
到着して陣を張り、戦いに備える。そこへ合流したのが、ディオンお兄様だった。自分の国を守るのだと、騎士や兵士を率いて向かう。その道中で、国民が鍬や鎌を担いで参加したんですって。末王女の私が嫁いだ先の国が尽力するのに、自分達が動かなくてどうする、と。
私が和平のために嫁いだ話は、民に広まっていた。何だか胸がざわざわしちゃう。そんな風に思ってくれたなら、嬉しい。
ここまではまあ、想像の範囲内だった。途中で報告が届いたヘンネフェルト王国は、一日遅れで到着した。その兵力が多くて、びっくりしたそうよ。アルドワンの農民も混じったので、見た目の人数は凄かった。
エル様は苦笑いしながら、両手を大きく広げた。その表現に、私もくすっと笑う。戦争の話を、こんなふうに聞けるのは無事だったお蔭ね。
「さらにスルト共和国が兵を挙げた」
驚いて、紅茶を飲む手が止まった。スルト共和国は、ロラン帝国の向こう側にある国だ。国王はいないが、首相はいる。世襲制で権力が維持されないため、汚職も少ないと教わった。その国が、挙兵した?
「どうして」
「推測になるが、ロラン帝国と国境を接するため、普段から小競り合いが多い。敵が背を向けた隙に、背後から襲いかかったんじゃないか?」
情報が足りないので、エル様も確証はないみたい。後ろから共和国に攻め込まれ、他国を攻めている場合じゃなくなった。それに加えて、こちらの兵力が予想より大きい。となれば、撤退の一手だったのね。
「運が良かったわ」
「アンは運だと思うか? 私はアルドワン王国の底力に驚いたが」
エル様はにっこりと笑って、食後の果物をフォークに突き刺す。果汁がたっぷりの甘い果物は、私の口の前に差し出された。ぱくりと食べて、美味しいと頬を緩める。
「アルドワン王国は、大きな戦力を持たない。だが、周辺国への根回しや同盟、過去の恩義で自国を守った。そういうことだろう」
難しい言い回しだけれど、根回しは分かる。同盟は、モンターニュやヘンネフェルトとの婚約よね。最後の過去の恩義って何かしら。首を傾げながら、再び目の前に出された赤い果物を齧った。
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