69.過去の恩義と母の教え

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69.過去の恩義と母の教え

 過去の恩義については、クロエが知っていた。首を傾げて尋ねたら、呆れ顔をされる。自室でよかったわ。外なら、人目が気になるもの。 「姫様は歴史の授業をサボったのですか?」 「きちんと受けたけれど……まだ近代まで辿り着いていなかったの」  六代前の歴史までは学んだのよ。そう告げると、その先を教えてくれた。アルドワン王室はルドワイヤン帝国の末裔だ。そのため、近隣国から尊敬の念を集めてきた。しかし六代前の国王陛下は、不安を覚える。  このまま、過去の栄光に縋って、その糸が切れたら? 太い縄だと思っている繋がりに疑いを持った。一つのきっかけがある。  アルドワン王国から流れる川が、ヘンネフェルト王国の方へ流れていた。大きくゆったりと蛇行する川は、ある日大雨で増水し、下流のヘンネフェルト王国を襲う。普段から付き合いのある隣国の災難に、慌てて支援を送った。その際に使者が漏れ聞いたのは、上流のアルドワン王国が木材を切り出した話だ。  川に架かる橋を修復するため、大量の木を伐る。ごく当たり前の行動だが、それによって土砂崩れが発生した。大雨で増水した川に、突然流れ込む大量の土砂は川を溢れさせる。  下流の災害を引き起こしたのは、アルドワン王国。そう考えた当時の陛下は、詫びとして復興に必要な費用を負担した。その上で、被害を受けた隣国へ謝罪し、数年間の食料を援助したのだ。  悪意を持って恨みを募らせた隣国の民も、数年の支えに感謝した。その後、諍いもなく二つの国は同盟関係を維持している。この教訓から、周辺国が困ったときは手を差し伸べる決まりができた。  大陸の穀物庫と呼ばれるほど、豊かな農地を持つアルドワン王国は災害が少ない。飢饉で苦しむスルト共和国へ大量の小麦を援助したのも、その施策の一環だった。二代前、お父様のお祖父様の代で行われたらしい。 「今回は恩返しだったの?」 「偶然かもしれませんが、王弟殿下はそうお考えのようです」  直接戦場で顔を合わせたわけじゃないので、推測だ。でも、そう考えた方が素敵ね。偶然攻めてきた話より、何倍も好きだわ。 「ロラン帝国には援助したことがないのかしら」  ふと気になった。周辺国というなら、国境を接する帝国とも接点がありそうだけれど。すると嫌そうに眉を寄せ、クロエが口を開いた。 「かの国は恩知らずです。四代前も三代前も、バッタによる食害で援助しました。でも彼らはもっと寄越せと要求したそうです」  バッタ……稲や麦の収穫寸前に大発生すると、とんでもない被害が出るのよね。二度も助けたのに、攻め込んできたの? 恩知らずと言われても反論できないわ。  モンターニュ国は遡ると、別の王国があった。あまりに重税を課すため、民がアルドワンに逃げ込んだ話を聞いたことがある。前の王家を倒したエル様のご先祖は、正しかったのね。  ふと、お母様の言葉を思い出した。誰かを助けるときは、見返りを求めてはダメ。返してもらおうなんて醜い考えは、悪いことよ。幼い頃から何度も聞いたけれど、本当にその通りだったわ。返ってきたら、幸運と思うくらいでいいみたい。
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