552人が本棚に入れています
本棚に追加
79.不安な一夜を越えて
暖かな焚き火の火が見えて、薬草のような香りが漂う。人の営みが見える空間に、鼻の奥がツンとした。騎士達は私に気づくと、慌てて姿勢を正す。狙われないよう逃した馬を回収し、荷馬車に積まれたテントを使って野宿の準備をした。
私だけじゃなく、彼らも襲われた被害者だ。直接見ていないけれど、亡くなった御者や馬も同じだった。彼らの埋葬は後日、村に運んでから行うらしい。
荷馬車の御者は侍従の一人が務めていたが、ケガだけだった。先頭を行く騎士の後ろが私達の馬車だったので、陰になったようだ。なぜか謝られたけれど、無事でいてくれて嬉しいと伝える。だって本音だもの。
王族は生き残れと教えられたけれど、私の代わりに死んでくれとは思わないから。器用にテントを組み立てた騎士達は、野営経験も豊富なようだ。焚き火を囲んで、私も皆と並んで座った。椅子なんてないから、全員が草の上だ。
クロエ達は膝掛けを敷いて座れと促すが、それは貴重な布だった。夜は冷えるだろうし、明け方はもっと寒い。誰かが温もりを得る膝掛けを、絨毯になんて出来なかった。
「ですが、姫様は」
「王族よ。だからこそ民の目線を忘れてはいけない。そう習ったわ。それに……もう汚れているから同じよ」
ほらっとスカートを見せる。ワンピースの裾は枝に引っ掛けて切れているし、全体に埃まみれで綺麗とは言い難かった。今さら、お尻に土や草が付いたところで、何も変わらないわ。
「仕方ありませんね」
苦笑いしたクロエに、セリアはくすくすと笑った。デジレとコレットは、料理の手伝いをしている。侍従がテントや周辺を整える間に、野営の支度は一気に進んだ。
「助けを呼びに向かった騎士が砦から戻るのは早朝、それまでお休みください。我らが必ず守ります」
大柄な騎士が約束と敬礼を捧げ、ナタリー達が続いた。私は立ち上がって片足を引き、ワンピースを少し摘んで深い会釈をする。跪礼はしないが、王女として示せる最上位の返礼だった。
「ありがとう。信じていますが、無茶はしないで。必ず全員で帰りましょう」
亡くなった御者も、傷ついた馬や人も。全員が一緒に生きて帰る。敵の詮索は後日でいいし、敵討ちは後から来る騎士や兵士に任せればいいわ。私達の仕事ではないの。そう含ませて、騎士達に微笑みかけた。
暗くなった夜の森は、さまざまな獣の音がする。歩き回る動物もいれば、羽ばたく音が聞こえた。テントで眠るよう促されたが、目が冴えてしまい眠れない。ナタリーがぴったりと護衛に付き、侍女は交代で私に寄り添った。
傷の手当ても最低限で、デジレの足の傷は深かった。彼女ったら黙って鍋をかき回しているんですもの。叱って座らせて、足の傷をみてびっくりしたわ。砦に帰ったら、一週間は仕事させてあげないんだから!
焚き火を眺めながら、うとうとと僅かの睡眠を得る。明け方近くになって、空が白み始めた。騎士達の緊張が緩む。やっぱり暗いと不安よね。そう思いながら周囲を見回した私は、きらりと光る何かに気づいた。
「ねえ、あれ」
何かしら。問うより早く、覆い被さったナタリーに倒される。上で何か音がして、騎士達の足音や叫び声が交錯した。怖い、早く来て。エル様っ!!
最初のコメントを投稿しよう!