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01.戦争回避の政略結婚なのに
――アルドワン王国、謁見の間。この日、王家は辛い決断を迫られていた。自国を戦争から守るため、隣国モンターニュへ娘を嫁がせる。外交努力の成果、これが最後の手段だった。
「すまぬ、お前を犠牲にして生き残るわしを許してくれ」
「愛しているわ、アンジェル。ごめんなさい」
お父様とお母様の涙は、初めてだった。私を強く抱きしめて、二人は涙を流す。アルドワン王国の国王と王妃、国の頂点に立つ父母に私は頷いた。
「お任せください、私はお父様とお母様の子です。立派にお役目を果たしてみせますわ」
微笑んで見せると、見守る兄や姉からも啜り泣きが聞こえた。まだ十二歳、本当は私が一番泣きたいのだけれど。
お父様とお母様は恋愛結婚だ。国内の侯爵令嬢だったお母様は、視察にきたお父様に一目惚れした。お父様もお母様を愛し、二人は結ばれる。嫡男であるディオンお兄様が王太子としてこの国を治める予定だ。公爵令嬢の美しい婚約者がいた。カトリーヌお姉様は、ヘンネフェルト王国の第二王子殿下と婚約が決まっている。
残るのは末っ子の私のみ。ヘンネフェルト王国は我が国より大きいし、留学生だった第二王子殿下と恋仲のお姉様を引き裂くのは嫌だ。だから私が嫁ぐ。消去法ではなく、私が選んだ道よ。
「ごめんなさい、あなたに……こんな役目を押し付けて」
美しい青い瞳を涙で濡らしたお姉様に、私は微笑んだ。綺麗に笑えているかしら。そんなに嘆かなくても、殺されにいくわけではない。攻め込まれそうなアルドワン王国を守るため、モンターニュ国は兵を出してくれるのだから。敗戦国の人質よりマシだと思うの。
この大陸はかつて一つの帝国が治めていた。ルドワイヤン帝国、その皇族の血を受け継ぐのがアルドワン王家だ。由緒正しく、途絶えたことのない皇族の血。新興国であるモンターニュ国が求めたのは、この血筋だった。
私がモンターニュの王族と結婚して子を成せば、新興国であっても他国が一目置く存在となれる。そのための政略結婚だから、きっと大切にされるはず。
「っ、まだ……十二歳になったばかりなのに」
整った顔をくしゃりと歪めて泣くお兄様に抱きつき、そっと涙を拭う。私が泣いたら、みんなが辛くなる。絶対に泣かないと決めていた。お兄様やお姉様が罪悪感を抱かないように、お父様やお母様が傷つかないように微笑みを作る。
「もう十二歳です。少し早く離れますが、家族ですもの。また会えますわ」
自分に言い聞かせる。今日は夫になるモンターニュ国の王弟殿下と顔合わせだ。王族以外は臨席しない場は、湿っぽい雰囲気に包まれていた。それを吹き飛ばすため、明るく振る舞う。
「モンターニュ国、王弟フェルナン殿下が到着されました」
案内の声に、慌てて家族は涙を取り繕う。お姉様はまだ嗚咽が止まらず、扇で顔を半分ほど隠して誤魔化した。さすがに大泣きしながら迎えたら、失礼ですもの。お父様とお母様から離れ、私は赤い絨毯の上に降り立った。
遠くから来てくださった客人を迎えるに相応しい作法で、優雅に一礼する……はずが、スカートを踏んで転び掛けた。ゆったり近づいていた人影が、さっと私を支えてくれる。
「あ、ありがと……ぅ、ございま、す?」
誰? そんなニュアンスが先に出て、声が疑問系になった。私の夫になる人が来るのよね? かなり歳上みたい。黒髪だから余計に落ち着いて見えるのかな。凝視した私の無礼を咎めず、彼は私の前に膝をついた。
「初めてお目にかかる。モンターニュ国王弟、フェルナンだ。あなたが花嫁になるアンジェル姫か」
耳が真っ赤になる。この声好きだわ。それに絵本の王子様みたいで、とても素敵。恥ずかしくてもじもじと俯いてしまい、スカートをくしゃりと握った。どうしよう、迷いながら小さく小さく頷いた。
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