1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

 高橋にボコボコにされたぼくは、ベンチのすぐ横で気を失っていた。 茶色く湿った地面がひんやりと全身に伝わって、心地いい。 さくらっちはどこかへ行ってしまったのだろうか。 うっすらと目を開けたが、近くには誰もいないようだ。 「高橋のヤロー」 小さくつぶやき、起き上がる。 すると、額からポトリと何かが落ちた。拾い上げると、それは濡れた和柄のハンカチだった。 「あぁ、しまった!」 美しい模様が泥で汚れてしまった。 持ち主を探して辺りの様子を伺うと、どこからともなく声が聞こえた。 「調子はどうだい?」 「さくらっち!? どこにいるんだ!」 「足元だよ」 すぐに足元をみると、彼はぼくが倒れていた近くで焼きそばを食べていた。 「え? どうしてそれがここに」 「……何のことだ?」 麺を頬張った彼は素知らぬ顔をした。 「それ、高橋が持っていったんじゃ」 「さぁ、どうだったかな」 彼は紅生姜を口に放り込むと、あまり好みの味ではなかったようで、ブーッとその赤い塊を吹き出した。 「……行儀悪いぞ」 「ごめん……」 彼は申し訳なさそうに小さく肩をすくめた。 「そういやこのハンカチ、きみのかい?」 「あぁ、そうだ」 「ごめん、落としたせいで汚れてしまったんだ。洗濯して返すよ。それと……何だったかな」 殴られた衝撃でぼくは何だか大切なことを忘れている気がする。大切なこと……? あああ、そうだ!! 「作戦会議をしなくっちゃ!」 「もういいよ」 彼はさらりと言った。 「そんな! まだ何も話し合っていないだろう?」 頼む、もう一回チャンスをくれ……ぼくは懇願した。 「いや、そういう意味で言ったんじゃない。元に、戻すよ」 「へ?」 「お花見をこの街に返すよ」 「ほっ、ほんとうか! でも、どうして?」 「……しばらくの間は大丈夫だろうから」 そう言った彼は、何故かとても満足そうな顔をしていた。  
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!