9 駐車場の車止めに座る

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9 駐車場の車止めに座る

 駐車場の車止めに座る。ハルはお湯をもらってカップ麺をすすっているし、翔太は買い物中、急に元気をなくし、背中を丸めてぼそぼそおにぎりを食べている。そして草は、ミネラルウォーターと、「あたたか~い」のコーナーにあった、コーンポタージュ缶を選んだ。  ぬっくい、と指先が喜んでる。  ぬっくいは、方言かな、と草は思った。東京に行ったら、口にしないよう気をつけよう。意味は通じるだろうけれど、先が高くなるアクセントは完全に地方のものだ。  ふと、そんなことを真剣に考えている自分がおかしくなった。ユキトなら気にしない。ぶよぶよの自意識が、ときどき、科せられた大荷物のようだ。  ユキト、おれはつぶれそうだ、ころびそうだ。自分の重みで、自分の闇で。  ユキトは宙を舞う、雪のようだった。軽やかな風に乗って、引力にもとらわれない、雪の一片。茶色っぽいくせっ毛のせいだろうか、薄っぺらい体型のせいだろうか、いろんな重力から自由に見えた。  勉強も運動も、誰もユキトにはかなわなかった。けれどユキトはぼんやり屋で、プールの授業に水着を忘れてきたり、教室移動なのに席でうとうとしていたり、相手の庇護欲をかきたてるところがあって、みんなユキトが好きだった。  たぶん、自分をのぞいては。  そういえば、ユキトはコーンポタージュ缶の飲み方も、草よりうまかった。なかなか出てこないコーンをひとつぶも缶に残さず、器用に缶を回しながら全部飲み干してたっけ。  ポタージュを飲み干すと、草は缶を捨てようと立ち上がった。足が重い。地から這いのぼったユキトの影が、両足首をつかんでいる気がする。  ハルはトイレに行き、翔太も食べ終えてる。草は翔太に話しかけた。 「もうすぐまた海だから、寒くなるぞ」  翔太は笑えるくらい、草のことばを真に受ける。今も手袋を探して、またバックの中をかき回し始めた。  こういう素直さを見せつけられると、草は自分を罪深く薄汚く感じてしまう。自分が他人の世話を嫌がらないのは、親切にするのは、そのひとを支配したいからだと思う。背徳的な喜びだ。こんな草の考えを知れば、翔太でも草を軽蔑するかもしれない。 「よっしゃー、準備万端」  翔太は手袋で頬をぺちぺち叩いて気合いを入れている。さっきまでへこんでいたことは、いったん横にどけたようだ。  これから道は再び海に向かい、出会ったところで二手に分かれる。国道は海に沿ったまま続き、そっちとは分かれて短い橋を渡り、川に沿ってのぼっていく道が県道だ。  その猟師川が、ユキトが流された川だった。  ユキトは道を外れ、川辺を歩いてさかのぼり、そこで起こった地滑りに巻きこまれた。入学説明会の前日だった。次の日、ユキトの一部が土砂からみつかった。けれど、一部とはなんなのか、他はどうなったのか、草たちに教えてもらえなかった。  そうしたら。ことばに出したことはないが、思っていた。一部じゃないユキトは、まだこの川にいるんじゃないか、と。 「おまたせ」  ハルが戻ってきた。 「ちょっと急ぐか。予定より遅れてる」  草が携帯で時間を確かめていると、ハルの背後が、ふっと息を吹きかけたように白くなった。草と翔太は立ち上がった。  白い、いや、まぶしい。あたりが一瞬で明るくなった。世界は光で染め上げられる。  三人は息を呑んだ。目の前で世界が目覚めた。夜が、明ける。
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