19 ずっとしゃべりながら歩いた

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19 ずっとしゃべりながら歩いた

 翔太の雪ドハマリ騒ぎの後、みんな饒舌になり、残りはずっとしゃべりながら歩いた。昔話がほとんどだった。ユキトがいたころの話だったり、いなくなってからの話だったりした。翔太がこれまでの歴代の先生の物まねをするけれど、気の毒なくらい似ていない。それがまたおかしかった。  草が計算したとおり、集合時間の九時半には余裕で間に合いそうだ。  長い下り坂が終わると、道は細かいアップダウンをくり返すようになった。草や翔太はたまにふうふういった。三人ともコートはとっくに脱いでいる。 「疲れたんなら、アメ食べたら?」  草がさらりといった。翔太はきょとんとし、すぐに合点した。「おうおう、忘れてましたよ、我らがアイドルかのこちゃんの、さしいれね」  ハルはそっと横目で見る。翔太は靴を草に持ってもらい、腕にかけていたコートをまさぐって、また「てけてけっててー、エネルギー補給」と陽気にキャンディをかかげた。そのくだりはあきた、早く食え、ハルは胸の中でつっこむ。  翔太は大粒のキャンディを口に入れた。ハルは息を止めた。何秒、だっただろう、キャンディが口の中に入っていたのは。ぶおっと翔太はキャンディを吐き出すと、盛大にむせ始めた。  もう我慢できなかった。ハルと草は同時に笑い始めた。 「何コレ、げほげほっ、激マズ、アメなのに腐った味が、げろろろ、しかも激辛」翔太はしゃがみこんでつばを吐き、涙目でふたりをにらみつけた。「知ってたな!」  ハルと草は身体を二つ折りにしていた。特に、ハルは同じ味を知っているので、犠牲者が増え、ちょっと嬉しい。 「かのこ、わざとか、わざとこんなマズいアメをくれたのか?」  どうにか呼吸を取り戻した翔太が決めつけた。 「まさか」草がいった。「かのこに、そんな智恵はない」  キャンディは地面に落ち、転がってどこかに行ってしまった。うっかり味見してしまうかもしれない蟻の無事を願うばかりだ。 「草の断言は説得力があるな」 「あー、かのこは天然だもんね。会ったら、なんていえばいいのさ、ありがとうおいしかったってか? こんな激マズの飴?」  翔太がむくれると、草がにやりとした。 「かのこにはお礼にこれを」ピンクの包み紙のキャンディをつまんで見せた。「口に入れてあげよう」 「それ、まだ一個あるのか、え、まさか草ちゃん、食ってねえの?」 「おれがむせてるの見て、草、やめやがった」ハルが説明した。 「そういえばハルちゃん、セキして死にかけてたっけ。そして草ちゃんは、それを見ながらアゴはずれそうなほどげらげら笑ってた」  翔太があまりの恐ろしさにふるえている。 「これをかのこに食わすって、草ちゃん、マジで、ドS」 「いまごろ気がついたか」  草が悪い顔をして見せた。ドS元生徒会長、卒業式に答辞をよむの巻、とハルが謎のフレーズをつぶやく。 「草ちゃん、誰かがかのこにいじわるするの、ぜったい許さないのに」 「自分はいいんだ。ほかのやつがするのは、ぜったい許さない」  翔太がホラー映画に出てくるまなざしになる。「ひどい、ひどいよジャイアン的発想だよ」  ハルはにやにやして、「好きな子ほどいじめるってやつか?」とひやかす。  草も軽く笑う。「だらぶち」  同じ制服の生徒が同じ道を歩く。下級生はもう登校済みなので、同級生しかいない。挨拶をかわしながら、今日という日はやはり特別なのだと感じる。三人の徒歩計画を知っているクラスメートが、間に合ったなと声をかけてくれる。  住宅街に入り、家が密集し、細い坂道を車が行き交う。白い校舎もついに近づいてきた。部のランニングコースは別方向で、ここらあたりを走ることはめったにない。  いつも降りるバス停が見えてくる。違和感があって、それは視線の高さの違いだと気がつく。いつもはバスの中から見おろしていた景色が、角度を変えて開いている。 「ねえねえ、学校に着いたら三人で握手しようぜ」翔太がいい出す。 「なにそれ。友情ごっこじゃあるまいし」照れ屋のハルには不評だ。 「いいじゃん、友情じゃん、ねえ草ちゃん。後で、三人で歩いたなーって思い出すのと、三人で歩いて、最後に握手したなーって思い出すの、ぜんぜん違うよ」 「わかったよ、しょうがないな」草はほんとうに翔太に甘い。かのこより、もしかしたらユキトより、翔太の方が好きなんじゃないか。相思相愛、やだやだ。  急に家並みが途切れ、小さな畑が広がる。その真ん中にリンゴの木が一本、すっくと立っている。夏、帰りに必ずアイスを買った店から、おばちゃんが出てきて、うーんと伸びをする。おはようございます、三人揃って頭を下げる。  こんな景色を、毎日、気づかないでいた。  走りたい、ハルは思う、走りたい。  少し目を細める。イメージする。走るユキト。イメージのユキトはなぜかハルと同じくらいに成長している。右、左、右。走ると、いろんなものがきらきら光りながら、後ろに落ちていく。過ぎ去っていく。  ユキトが遅くなる。違う、ハルが追いついたのだ。ふたりは並ぶ。並んで、走る。肩を並べ、互いの呼吸を感じ、宙へ駆けのぼるように、走る。ユキトとハルは一緒に走る。  そういうことか、ハルは思う、そういうことなのか。これからは追いかけるんじゃなくて、となりで走る。  ユキト、大学に行ったら、変なランナー紹介するよ。おなじ学校じゃないけど、けっこう早いやつだ。変、っていっても、おまえや、このふたりほどじゃないけどな。  ハルはいう、「さ、走っぞ」 「マジか?」草があきれた。 「体力おばけ」翔太が毒づく。 「これはもはや、変態の域だろう」もう一度、草。  ハルは笑いながら、坂を駆けのぼる。すぐに息が切れてくる。急な坂だ。それでも笑う。走る。ふたりが追いかけてくる。 「ちょ、待って、校門の前で握手だかんね」  そこはハイタッチじゃないんかい、ハルは笑い続ける、今までのは伏線じゃないんかい。 翔太は両手を上にあげている。「握手!」 「だからそれ、ハイタッチのポーズだから」草がつっこむ。校門が見えてきた。  坂の上で、卒業式が待っている。
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