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2 こうやって登校するのも、これで最後なんだ
こうやって登校するのも、これで最後なんだ。ゆうべ興奮してほとんど眠れなかった翔太は、待ち合わせに一番に到着した。そのうちハルの姿が現れ、時間ちょうどに草が来た。三人揃うと、翔太は感極まって、早くも涙ぐみそうになった。
景色のすべてに思い出がある。
たとえば、だいだい色の外灯に照らされるバス停の木製のベンチ。穴とささくれだらけの年代物だ。このベンチには以前、厳しいしきたりがあった。
バスを待つ間、ここに座っていいのは上級生だけ、というローカルルール。七時半発の街に向かうバスは、客のほとんどが高校生だ。席が空いていても、一年生は座ってはならない。二年生は三年生が来るまでなら座ってもよし。でも最上級生が来たら、さっと立つ。
中学校までは上級生も下級生もなかったのに、高校に上がったとたん、学年間の関係がぎすぎすしだした。ハルと草はそれをばかばかしいと思ったらしかった。で、従わなかった。
上級生を押しのけて、ベンチでふんぞりかえったわけではない。自分たちが上級生になっても、座らなかったのだ。翔太も、そうした。
変なルールはなしくずしになり、今は女子が学年に関係なく、おしあいへしあい仲良く座っている。
じゃれあう女子の図は、かなりかわいい。その様子を思い浮かべ、へらへらしそうになった翔太だが、その一人からいい含められていたメッセージを思い出し、あわててバッグを肩からおろした。
「ハルちゃん、草ちゃん、かのこから差し入れあるわ」
翔太はバッグの中をかき回した。草がライトで照らしてくれる。真垣雪兎(ゆきと)の妹、かのこはふたつ下の幼なじみだ(村には幼なじみでない子どもなどいない)。「かのこ、まだ一緒に歩きたいとかいってんのか」
ハルがいった。かのこは昔から、翔太たちがやる遊びには、なにがなんでもついてこようとする女の子だ。
「ううん」翔太はまだバッグの中を探す。
「さすがにあきらめたぽい。伝言あるよ。わたしをおいてくなんて、ぷぷぷーんだ、三人のバカ。遅刻しないようにね」
翔太のへたくそな声まねに、ハルも草も、ブーイング代わりに顔をゆがめて見せた。
卒業生だけで歩きたいんだ、おまえはあきらめろ、何度いっても不服そうだったかのこが、翔太たちの目的をどのくらい理解しているのかはわからない。
「もしかしたら、やっぱりおれの彼女にゴカイされたら悪いって、遠慮したのかもしんないけど?」
と、翔太はいった。この三人で、現在彼女がいるのは翔太だけだ。仏頂面になったふたりに小突かれながら、翔太は目当てのものを見つけた。
「てけててっててー、でかキャンディ」
ピンポン玉くらいもありそうなキャンディをひとつぶ、頭上にかかげてポーズをとる。どピンクの包み紙には、ご丁寧なことに、両端にリボンが結んである。おそらく、かのこのラッピングサービスだろう。
下ネタをいいかけて、やめた。気分はもう朝だ。エロはしばらく封印し、さわやかショータくんで行こう。
「おなか空いたら食べてって。元気出るよ、だってさ」
翔太はふたりにひとつずつ配り、自分の分はコートのポケットに入れた。腹が減ったらなめるつもりだ。草はすんなりポケットに入れたが、ハルはパッケージをむき、中身をぽんと宙に投げる。その手元が、ぱあっとヘッドライトに照らされた。
草の眼鏡の縁がちかちか光る。
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