5 翔太は何度も髪をひっぱってみる

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5 翔太は何度も髪をひっぱってみる

 ちゃんと夜にセットしたのに、なんではねてんだよ、翔太は何度も髪をひっぱってみるが、後頭部のアホ毛は固くて手強そうだ。部をやめてから、こまめにカットしつつ伸ばしていたのに。  横を歩くふたりを見る。ハルがひどくむせて身体を折り曲げながら歩き、草が背中に手を当ててやっている。草の髪は、くせがなくさらさらだ。今日の大舞台にそなえ、セットしました、てほどでもないし、かといって、さーせん寝起きです、みたいにとっちらかっているわけでもなく、ソツがない。  さっきも。三人とも同じ、学校指定のナイロンバッグのはずだが、草のは三年前に同時に買ったとは思えないくらい、スクエアに見える。  草のバッグから、ポケットティッシュはすぐに出てきた。ちらりと見えた中味は整理され、でも神経質と感じるほど、きっちりもしてない。  色紙やらペンやらハンカチやら、寝起きでとりあえずつっこんできたなんやかや、であふれている、翔太のバッグとは大違いだ。こんなに物だらけなのに、肝心のヘアブラシなんかは、入ってないのだ。どういうことだ。  ソツがないっていうのは、十代ではものすごい武器だ。翔太的に大評価だ。だってそんなやつ、めったにいない。どこかでっぱってへこんで、それで他人と摩擦を起こすのがふつうの十代なのに、草はすいすい、アメンボみたいに障害をよけて、男女問わず好かれている。  あんまりハルがげほげほやっているので「大丈夫」と声をかけたけれど、ハルはうなずいて、顔を背ける。ハルはこういう構われ方が好きじゃない。他人に心配されるのが、気恥ずかしいのだと翔太は思う。今こそ健康優良児の筆頭だけれど、小さいころ、ハルはぜんそく持ちで、けっこうな過保護の中で育てられた。  ハルのそばにいる草は、心配していると思いきや、どこか笑いをこらえたような顔をしていた。つまり、ほんとうにたいしたことじゃないんだろう。  翔太の興味はすぐに切り替わった。  いいや。学校に着いたら、髪のことは詩織ちゃんに相談しよう。  翔太の彼女、詩織なら寝ぐせをすぐに直す裏技を知っているかもしれない。いつもカンペキな髪の詩織ちゃんとは、つき合って一年、この前記念日をしたばかり。最初の熱風がおさまって、一緒にいると落ち着く段階。もっともっと一緒にと、願う段階。色っぽい展開の直前。  詩織は四月に県外の専門学校に行く。  ふー、と、翔太は息を吐いた。バッグを肩にかけ直す。  自分は県内。遠距離はぜったいうまくいかないって、姉ちゃんが脅すんだな、これまた。姉ちゃん、ぜったい失敗経験アリだ。  やっとハルは落ち着いたのか、草にペットボトルのミネラルウォーターをもらって飲んでいる(草はいったい何をどれだけ持ち歩いているんだ)。ハルが何かいって、草が笑い出して。  学校ではふたりが話しているところはあまり見ない。休み時間、ハルはだいたい寝てるか早弁中だし、草はいつも誰か彼かに取り囲まれているし、翔太自身も、教室では自分が所属していた野球部メンバーとつるんでる。  おさななじみって変なの、翔太は思った、だのに、こうしてると誰よりしっくりくるのだから。 「ショータじゃないからだいじょーぶ」  ハルの返しが聞こえて、内容はわからないまま、翔太は口を出す。 「おお、今ん、どういう意味だよ」 「そういう意味っさー」 「おうおう、ジャリ小僧が生意気ゆうのう、またてめえのSNS炎上させてやっからな」 「この前の大炎上の犯人、翔太だったのか。くっそー、仕返しに炎上さしたる」  ここで草がしっかり落とす。「ふたりともやってないだろ」  ハルも草もにぎやかな方じゃないけれど、翔太のノリに、ふつうにのってくれる。  もしもばらばらの地区に生まれていたら、こんなふうになれただろうか?  なれないな、すぐ結論が出た。ハルはインターハイに出場するような、県内のトップランナーだ。草は国立大学現役合格間違いなしの秀才で、人望厚い元生徒会長。ふたりとも、田舎の高校とはいえ、スターだ。一般生徒の翔太とは違う。  けれどこうしてふたりは翔太のそばを歩いている。すごいことだ。おさななじみってだけなのに。ただ、すごいけれど、翔太が気後れすることはない。だって翔太は知ってるのだ。ふたりは、がんばって、今のところにいるということを。  ハルはふたりぶん、走った。三年間、ふたりぶん走り続けた。  草はふたりぶん、勉強した。三年間、ふたりぶん学び続けた。  そのことを一番よく知っているのは、翔太だ。  そんな自分たちに感動する。あんなちいさな中学校を卒業して、ふたりもこんなにすごくなるなんて、じーん、涙がもう、いやいや、早すぎる、本番は、まだまだ先だ。  海と向かい合うように建つ、丘の上の小学校が見えてきた。街灯は少なく、真っ暗な窓の並ぶ校舎は不気味だ。集団登下校で二十分、我らが母校。 「みんなで歌ったな、われらーがぼぉこーおー」 「また翔太がが歌い始めたぞ。膀胱がどうしたって」 「音程おかしいぞ」  非難にも負けずに声を張り上げる。「あー、潮のかおりの、学びやのー」  この小学校、翔太にはいい思い出しかない。一日で一番のお楽しみ、おいしい給食。盛り上がったドッジボール。翔太たちの学年は四人、いつも男子四人、何をするのも四人だった。学校にいた間はずっと笑っていた気がする。  生徒数が少ないので、全員参加で行う運動会は楽しかった。大人も加わって村町別にチームを作り、優勝を競うのだ。主役のはずの子どもそっちのけで、村のにいちゃんやじいちゃんたちが、他の町の奴らと本気で争う様に興奮したっけ。  草がいった。 「数年前、土のグラウンドは全天候型に替えられて、町対抗運動会なくなったぞ」 「うそー!」 「そりゃさびしいな」無感動男と周囲に評されるハルですら、そんなことをいう。 「信じらんねえ!」  年月ってやつだろうか。なんにせよ、翔太があこがれていた、村のヒーローになるチャンスは永遠に失われた。  またもしんみりしてきた。次々とおおいかぶさる波のように、もうすぐ訪れる別離が押し寄せた。  悩み多き今に比べ、なんて無責任でお気楽でいられたんだろう、あのころは。再び四月からの遠距離恋愛を思い、翔太はため息をつきそうになった。
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