7 それがハルにはおもしろい

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7 それがハルにはおもしろい

 ふくらはぎのはり、肩の疲れ、どれもランニングとは違う。それがハルにはおもしろい。一時間程度ただ歩くと、身体はこんなふうに反応するのか。遠足のときはどうだっただろうか、と、ハルの意識が、身体内に落ちていきそうになったとき。  うわあああっ、翔太が響き渡るような大声を出した。  今度は何だ、ハルは思った。 「ケータイ忘れた」  翔太は船着き場のドラム缶みたいだった。がっらがらがらと、ど派手な音で転がるドラム缶。人家も近い道路には不似合いだ。  草がしーっと人差し指を立て、ドラム缶を押しとどめた。「もうすぐコンビニだから、そこ行こう」  駐車場は乾いていた。まだ眠りの中の住宅街で、コンビニは何かの痛みのように光を放っている。家から一番近い、おなじみのコンビニのはずなのに、ふだんは昼間に親の車でしか来たことがないからか、ひどく異質だ。  アスファルトに、翔太のカバンの中味がひとつずつ並べられる。色紙、タオル、サインペン、単四の乾電池。  草は点検しながら、ガラスの向こうの店員さんを気にしている。  財布、定期入れ、丸まったノート、野球帽、また単四。単四。多い。なぜだ。  携帯はなかった。 「やっぱないよ」  翔太は頭をかかえてしゃがみこむ。 「どうでもいいもんしかない、もうだめだ、今日ってさ、最後なんだよ、まだ連絡先交換してないヤツとかに、ていうか、女子に連絡先教えて、っていわれたらどうすんだよ、ありえない、自分のアカウントなんか覚えてないし、なんでこのかばん、どうでもいいもんしか入ってないんだ」 「そのどうでもいいもん入れたの、自分だろ」  ハルはつっこんでみる。 「だってさ。ケータイだよ、ケータイ。高校生の命じゃね?」 「おちつけよ」ハルはいなして、「ショータ、ひとりで戻るか?」と尋ねた。  いじわるな気持ちではなかった。翔太にとって、携帯はそりゃあ大切だろう、理解していたから、ひとり抜けてもいいと思ったのだ。 「今から戻ったら、もう、歩いてけないんじゃね」翔太がいう。 「いつものバスには間に合うぞ」  翔太の身体は凍ったみたいにぴたりと止まった。真夜中、自分を捨てようとしている親の密談を聞いた、子どものような顔をしている。 「行くよ、行くに決まってる。ゆ、友情あまくみんな」  あんまり真剣なので、ハルはちょっと笑ってしまった。そんなに思いこまなくても、ユキトはたぶん気にしない。 「翔太」草が翔太の表情を見つつ、笑いを隠そうとしながら、「携帯を家のどこに置いてきたか、わかるか」 「えーと、今日いっぱい使うかもって思ってぎりぎりまで、あ、充電器にさしたままだ」 「だったら、家の人が起きたころに連絡して、誰か卒業式に来るならそのひとに持ってきてもらえ」 「そうか、え、母ちゃん、おれの部屋に入らせるの、げー、はー」  ハルは草の方を向いて意地悪くいう。 「卒業式の前ってホームルームで、そのまま式に行くんだよな。式が終わったらぐちゃぐちゃだし。親とうまく会えるか」  翔太はまた頭をかきむしった。 「うわわわ、それじゃあ、遅いよ、遅い」  草はここでも簡単に解決方法を提示した。 「かのこか、駿平に預けてもらえ。生徒なら、式の前にも会えるだろう。メッセージ送っとく」  駿平は近所の下級生だ。 「おお、草ちゃん、サイコー、さすが天才だー」 「おれは秀才タイプなんだけど」といいながら、草が翔太を手伝って、ちらばった荷物をかき集め始めた。
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