8 やっぱり草は頼りになる

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8 やっぱり草は頼りになる

 やっぱり草は頼りになる。コンビニでおにぎりの陳列棚の前に立ちながら、しみじみと翔太は思った。息もたえだえになった自分の前で、名探偵みたいに見事に難問を解決してくれる。  図画の授業で公園に行く途中、翔太はころんで、用水に絵の具セットをばらまいてしまったことがあった。いくつかのチューブは、流されたのか見つからなかった。  これじゃあ絵なんか描けない。泣いていたら、足りなくなった色を、作ってくれたのが草だ。黄色と青で緑。赤と青で紫。草の手でまぜ合わされ、美しい色が次々と生まれてきた。小学三年生の翔太は、見事なマジックショーを見せられたようにびっくりした。  コンビニの中は早朝のせいか、品数は少なかった。それでもどこか幸福になる。翔太はコンビニが好きだ。鮭おにぎり食べたいなー、チーズ梅なんてあるのか、ビミョー。あー、がっつりカツサンドない。いつまで見ていても飽きない。  耳のそばから手が伸びて、最後の一個のネギトロをつかんだ。 「ハルちゃん、おれもそれ狙ってたのに」 「お先ー」  ハルはレジ横でホットドッグも物色している。家で朝ごはんを食べてきたといってたのに、すごい食欲だ。 「翔太、茶は?」草がまた声をかける。 「あ、そうだった。おれ、ソーダ。ノンカロリー」 「ぬっくい物にした方がいいぞ、まだしばらく寒いぞ」 「へーい」  温かい飲み物なら、何にしよう。  ほんと、草は気がきく。やっぱり、ユキトが手のかかるやつだったからかな、翔太は思い出す。草から世話をやかれる、ユキトは翔太の側の人間だった。  ユキトは翔太が出会った人間の中で、一番変だった。顔が良いのに女の子には興味ないし、勉強しないのに成績はいいし、スポーツやらせれば「ボールは友達」レベルの万能選手だし、そこらへんは、翔太と正反対。  だのに日常生活は全然ダメで、ほっとくと一日中ぼーっとしているし、翔太より忘れっぽいし、方向音痴だし。絶対、おれの方が生活力がある、と翔太は自信を持っていえる。  草はユキトがこぼした牛乳をふいてやり、道に迷えば連れ戻し、メイドみたいにかいがいしく世話をした。草はあれでそうとう鍛えられたに違いない。ユキトがいなくなって、自分はそのぶん、草に甘えるようになったのかもしれないな。  翔太は立ち止まった。  そばで、草がミネラルウォーターを買おうか迷っている。草は水なんか買うのだ。翔太なら絶対買わない。  水なんて、水道でじゅうぶん。家には美味しい水のたまる井戸もある。お金を出すなら、ちゃんとしたジュースやスポーツドリンクだ。お茶で、ギリだ。そんな自分が田舎じみて感じられる。翔太はどれだけ決まった髪型をしようと、携帯が最新型だろうと、根っこが田舎ものだ。それでもいちおう、今日は草のいうとおり、温かいミルクティーにした。 「翔太、もう払った?」草が確認する。 「まだ。行ってくる」  今日で、草のフォローは消える。翔太は夜の海をのぞきこんだ気分になる。  おれ、やっていけるんだろうか?  翔太には自覚があった。自分はこういう「のび太ポジション」で、失敗しても草がドラえもんよろしくせっせとフォローしてくれてきた。それに慣れて、昔から安心して、ずっと、ぼけていられた。  草がいないときは、ハルがぶっきらぼうになぐさめてくれる。  そんな自分が。  ひとりで、やっていけるんだろうか?  コンビニの電気は手元のおにぎりを青く冷たく照らす。この村を出れば、たぶん外はこんな強い光であふれている。翔太の、今まで草やハルの影で隠してきた弱さも、こうして隅なく照らされてさらされてしまうんじゃないか。
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