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好き
私にも風は吹く。
佐藤家での、私の立場は変化した。
戸籍上の父が亡くなり、母もいなくなった今、佐藤家にとって私は赤の他人だ。
『あの子どうするのかな』
周囲の下世話な声も聞こえてくる。
身の振り方を考えなければ。とにかく学校はやめて就職して身を立てないと、と思っていた矢先、宏明さんに呼び出された。
診察室でする話でもないから、オレのマンションに来てくれるか、とのことだった。
宏明さんのマンションはあの時以来だった。
指定された時間にマンションのエントランスに着くと、妙に緊張している自分に気付いた。
色々あってバタバタして、自分の気持ちは置いてけぼりだったけど、私、宏明さんを好きって自覚したんだったよなー……と思ったらドキドキしてきた。
そうか、好きな人の部屋に行くんだから、そりゃあ緊張するよね。
服をチェックして、サッと髪も整える。
おかしくないかな。
いや、だけど、今日はきっとこれからのこととか実務的な話をされるだけだから、普段通り普段通り。
エントランスにあるインターホンで部屋番号を押すと、オートロックが解除されてドアが開いた。
エレベーターで6階までのぼる。
部屋の前で、よし、と気合いを入れて、インターホンを押すと、宏明さんが出てきてくれた。
ジーンズに黒のパーカー、いつもと違うラフな出立ちに思わずドキッとしたけど、私は自分を隠すのが上手だ。
「こんばんは、今日はお招きいただきまして」
にっこり笑って挨拶する。
「いやいや、お呼びたてして」
部屋に通された。
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