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テーブルを挟んで向かい合うと、冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを出してくれた。こんなのしかなくて、と。
ありがとう、と受け取ったら、沈黙が流れた。
以前来た時には気付かなかったけど、窓からの夜景がきれいだった。
「宏海に会ったか」
沈黙が破られた。
いつもと変わらない、落ち着いた低い声。
「うん。色々話してくれた。頭に来て叩いちゃったけど、散々育ててもらっておいて、私に怒る権利はなかった」
宏明さんは、どこまで聞いたんだろう。何をどこまで知っているんだろう。
……今はまだ、私の中でも整理しきれていないから、突っ込んでは話せない。
宏明さんは苦笑した。
「いや俺も殴った、あれが自分の弟だと思ったら頭に来て」
「宏明さんが殴るなんて、らしくないよね。イメージじゃない。なんで殴ったの?」
「なんで美帆ちゃんと別れたんだ、紅ちゃんは自分のせいだって気にしてる、だいたい10年以上も付き合っておいて、散々面倒かけておいて、今さら別れるってどういうことだ、美帆ちゃんは30歳過ぎてるんだぞって言ったら、明兄には関係ないってほざきやがった。関係ないわけあるか、沙織さんのことか、どこまで勝手なんだ、どこまで自分のことだけ考える気だっつったら、放っておいてくれって言うもんだから、つい手が出ちまった」
今日はずいぶんくだけた物言いをする。
今までこんなふうに話すのを聞いたことがない。
意外だった。
「宏明さん、今日は言葉遣いが違うね。乱暴ー。怒ってる?」
あ、と頭をかいて、
「病院じゃないからつい。普段はこんなもんだよ、別に立派な人じゃないから」
と笑った。
「意外ー、初めて、でもないか。あの時も……、ホラ、私がクズと面会した後、もう忘れろ、どっちにしろロクな奴じゃねえって一蹴してくれた」
「よく覚えてるな。そんな前のこと」
「うん。嬉しかったから。あの時は自分の対応が良くなかったかなって反省してて」
いつも通りに話せてる。良かった。ことによれば、こんなふうに話すのは最後かもしれない。
佐藤家を出れば、戸籍がどうであれ、他人と同じになる。今まで通りには会えなくなる。
風が吹く。周りの景色が変わっていく。止められない。
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