好き

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 こうして向かい合っていると、不思議と現実感があった。  宏明さんは大人で、私より、確か19歳も年上で、私の成長を見守ってくれた人で──。  私がどんなに恋情を募らせても、相手にされるとは思えなかった。  あの時抱いてくれたのは、きっと私の気持ちが死にかけていることを見抜いたからで、それを助けてくれただけで、それ以上の意味はない。 「紅ちゃんは、自分を責めすぎだな。もっと楽にすればいいのに」 「うーん、それが難しいんだよね。お母さんがあんな感じだったし。ああ、だけどこれからは少し楽になるかなあ。……親と離れて楽になるって変かな?私、冷たい娘?」 「ホラ、そうやってすぐに自分を責める。……もっと気楽に生きろよ」 「難しいよー、長年の習慣だから。……それにこれからは1人になるんだから、今までよりもしっかりしないと。学校やめて、就職して、自活しないといけないからね。もっと大人にならないと」  宏明さんは怪訝(けげん)な顔をした。 「もう、宏成さんもお母さんもいないし、私、佐藤家にとっては血の繋がらない他人でしょ?もう子供でもないし、これ以上いられないよ。……成子(しげこ)さんだって、きっとそう思ってるよ。おじいちゃんに迷惑かける前にちゃんとしないと」  話していて、泣きそうになるのをこらえる。  1人になったんだよなあ、と今こそ自覚する。  もう頼れる人はいない。  頑張らないといけない。  大人にならなくちゃ。 「親父にとって、紅ちゃんは孫だぞ。迷惑なんて思うわけない。成子さんには、言わせときゃいい」 「孫って言っても……もう充分だよ。おじいちゃんには可愛がってもらって、本当に感謝してる」  おじいちゃんの顔が浮かぶ。  成子さんの手前、目立つようにはできなかったけど、わからないようにずいぶん気を配ってもらった。  保育園の時、敬老の参観にこっそり来てくれたことは忘れられない。  終わった後、上手だったよ、とパフェをご馳走してくれた。  口のまわりをクリームでベタベタにしながら頬張る私を、嬉しそうに眺めてくれた、あの笑顔。 「……本当に、お母さんが宏成さんに会わなかったら、……佐藤家に置いてもらえなかったら、私なんてどうなっていたかわからない。親子で行き倒れてたかも。ううん、その前に、産んでもらえなかったかも。だから本当に、感謝してます。ありがとうございました」  深々と頭を下げた。  下を向いたら、涙がこぼれた。  いけないいけない、大人になるんだから。
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