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マンションに呼ばれた理由が、やっとわかった。実務的な話なら、診察室でもいいんじゃないか?とは思ったのだ。
「返事、くれないの?」
拗ねたようにつぶやく。
こんな宏明さんは初めて見た。
今日は初めての宏明さんにたくさん出会う。
返事。返事はもちろん──。
「好き。……私、宏明さんが好き」
小さな声で返事した。
顔が赤くなる。
ぎゅっと強く抱かれた。
「あー、緊張した……」
ポスっと、私の肩に顔を埋める。
「宏明さん、緊張してたの?私相手に?」
「紅ちゃんだからだろ。どう切り出したもんか……出てくとか言うし……逃したくないし」
逃したくない。甘い言葉だなあ。頬が赤くなる。
おでことおでこをコツン、とぶつけて、もう一回キスされた。
胸がいっぱいになる。涙がこぼれる。
「私なんて、相手にされないと思ってた……」
あの時みたいに、指で涙を拭ってくれた。
「それはこっちのセリフ」
「えー、なんで?」
「19も離れてるし、オジサンだから」
ぷっと笑ってしまった。
「宏明さんはオジサンじゃないよ、お兄さん。……私こそ子供だから、無理だろうなって思ってた」
宏明さんもぷっと笑った。
「子供があんなことするか?……すっかりやられたよ。自分の気持ちなんて伝えるつもりなかったけど、捕まえたくなっちまった」
「宏明さん、モテそうなのに。なんで私?」
単純に、不思議だった。
背が高くて、精悍な顔立ちで、お医者さんでお金持ち。
つまりは王子様的スペックを備えた人なのに。
「いつも一生懸命だから。複雑な環境にいるのに、くさらず前を向いてる。常に周りに気を配る。弱音を吐いても、最後は絶対立ち上がる。……オレは支えてるつもりで、いつもパワーをもらってた。次はいつ来るかな、って楽しみだった」
胸が熱くなった。また涙がこぼれた。
「そんなふうに思ってくれてたんだ……。宏明さんが支えてくれなかったら、私、とっくに潰れてたよ」
「じゃあお互い様ってことで」
私が泣きながらクスッと笑ったら、宏明さんもふっと笑った。
「ねえ、好きって、1番ってこと?私のこと、1番好き?」
「そうだよ。1番好きってこと。紅ちゃんは?」
「もちろん1番好きだよ、宏明さんが」
「……もう離さない」
宏明さんの腕に抱かれて、深いキスに酔う。
息も忘れるような、とろける甘いキス。
夢を見てるみたいだった。
風はこんなふうにも吹く。
心をさらう風。
宏明さんの1番。私が何よりも欲しかったもの。
長年胸を支配していた埋めきれない寂しさは、氷がとけるみたいに消えてなくなって、満たされて幸せな気持ちでいっぱいだった。
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