不安

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不安

 自分でも意外だったけれど、宏明さんと付き合ってすぐの頃は、気持ちが不安定だった。  宏明さんがいなくなったらどうしよう、という不安が頭から離れなかった。  戸籍上の父は亡くなり、遺伝上の父は連絡先も知らない。  母ももうどこにいるかわからない。  母方の祖父母は会ったこともない。  父方の祖父母とは血が繋がっていない。  宏海ちゃんも美帆子さんもいない。  これで宏明さんもいなくなったら、どうなるんだろう。  天涯孤独ってやつか。  いや、宏明さんとは血が繋がってないんだから、今だって天涯孤独なのか。  ひとりぼっち。  眠れなくなって、食欲がなくなった。  アパートに引越してすぐの時期に、宏明さんは出張があって、3泊4日留守だった。  忙しかったみたいで、電話も来なかった。  メールしたかったけど、迷惑かも、と思って我慢した。  夜になると焦る気持ちが大きくなる。  何で焦る必要があるのか、自分でもわからない。  何に焦っているのかもわからない。  とにかく、眠れない。食べられない。  そして、明け方まどろむと決まってあの夢を見る。  あっという間に疲弊(ひへい)した。限界だった。  出張から戻った宏明さんは、私の様子がおかしいことに、すぐに気付いてくれた。 「紅、体調悪そうだな。どうした?」  付き合ってすぐ、名前は呼び捨てにしてもらうことにした。 「紅って呼んで。私、彼女でしょ?恋人からは呼び捨てにされたいの」  宏明さんは最初は照れていたけど、すぐに馴染んだ。 「んー……体調っていうか、気持ちがまいっちゃって」 「何かあったのか?……おいで」  私を膝に乗せて、顔をのぞきこむ。  優しい目だった。見つめられたら気持ちが(あふ)れて泣いてしまった。 「宏明さんもいなくなったらどうしよう」  子供みたいに声をあげて泣いた。  宏明さんは何かを察したらしく、私をしっかり抱きしめて、大丈夫大丈夫、と背中をなでてくれた。 「オレはいなくならないから大丈夫。いっぱい泣いていいから、ゆっくりでいいから、大丈夫」  甘やかすように髪をなでて、ゆっくり抱いていてくれた。  私は気が済むまで泣いた。  こんなに泣いたのは、子供の時以来だった。
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