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「……美帆子さんは?」
踏み込んでみた。宏明さんは何も言えないみたいだから。
「私?私は新しい道を切り開くまでよ。超得意だから、そういうの」
腕まくりをして、力こぶをつくるマネをする。
美帆子さんの腕は、白かった。
「宏海ちゃんとは、もう……?」
あははっ、と美帆子さんは笑った。だけど目だけが泣いていた。
「おしまいおしまい、海ちゃんとはもうないわー。……結局ね、私の負けだったのよ。最初から最後まで、ね。振り向かせるつもりだったけど……。あれはテコでも無理ね。やっとわかったのよ。見誤ったわー。美帆子姉さんとしたことが」
「負けって?美帆子さんが負けるわけないじゃん!」
ついムキになってしまった。
私にとって、美帆子さんは無敵だ。
「いやあ、勝てない勝てない。……紅ちゃんのお母さんは史上最強だからねぇ。まいったまいった。完敗よ!」
美帆子さんは豪快に笑った。
小柄なのに、豪快に笑う人だった。
その姿が、昔から好きだった。
「私が結婚情報誌見てたらね、海ちゃん、美帆子結婚するのかって……予定でもあるのかって。真顔でよ。さすがにあの晩は泣いたわー。……あれはないわよね」
私も宏明さんも絶句した。
そんなことがあったなんて。
ひどすぎる。
ふと見ると、美帆子さんの手は震えていた。
「……宏海ちゃんが、ひどいこと言ってごめんなさい。
私が謝るのはおかしいけど……でも、私がもっと大人だったら。美帆子さん、子供欲しいって……私、あれ聞いちゃって」
膝の上の手が震えた。
その手を、宏明さんの手が、そっと包んでくれた。
「ああ、あれ聞いちゃった?……方便よ。だって言えないでしょ、今さら沙織さんが原因で別れるなんて。最初から知ってたのに。それでもいいって言ったのは私なのに。紅ちゃんが謝ることなんてないのよ。全部私の問題だから。……私こそ謝らなきゃ。海ちゃんを振り向かせるために紅ちゃんに取り入ったなんて、ひどい話よね。紅ちゃん、ごめんね」
利用……美帆子さんは美帆子さんで、私の保育を利用していたということか。
だけど全く恨む気持ちになれない。
美帆子さんはいつも私に寄り添ってくれた。優しかった。味方だった。
「ね、海ちゃんが帰ってきたら、一発殴っといて。よっぽどやってやろうかと思ったけど、ピアノを弾く手がもったいなくてできなかったのよ!」
笑っていたけど、美帆子さんの目は、やっぱり泣いていた。
「大丈夫、もう殴っといた」
今まで黙っていた宏明さんがやっと口を開いた。
「あ、私も叩いちゃった。思い切り。そんで口汚く罵っておいた」
3人で顔を見合わせて、吹き出して笑った。
「やだー、2人ともありがとね!」
美帆子さんの目が、やっと少し明るくなった。
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