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カフェを出ると、じゃあね、と美帆子さんは私達に背を向けた。
その背中に、宏明さんが、
「美帆ちゃん」
と呼びかけた。
振り向いた美帆子さんに頭を下げて、
「俺が言うのもおかしいけど……宏海が申し訳なかった。こんなことになるとは、正直思ってなかった」
声を震わせた。
美帆子さんは慌てて駆け寄って、
「明兄ちゃん、やめて。明兄ちゃんが謝ることじゃない。……誰も悪くない。沙織さんを想ってることも含めて、私、海ちゃんが大好きだった。だけど、振り向かせられなかったし、耐えられなくなった。それだけなの」
頭を上げてよ、と美帆子さんは焦っていたけど、宏明さんは深々と頭を下げたままだった。
「いや、美帆ちゃんが耐えられなくなるまでそのままにした宏海が悪い。
沙織さんに気持ちがあるくせに、美帆ちゃんを受け入れたあいつが悪い。
散々勝手なことして……こんなふうに別れたあいつが悪い。
騙すようなマネして……。本当に申し訳ない。
こんなことになるまで放っておいた俺も悪い」
頭を下げていたからわからないけど、宏明さんはこの時泣いていたんじゃないか、と思う。
美帆子さんは、急に泣き出した。
「あー、もー……だから明兄ちゃんに会いたくなかったのに。こうなるのがわかってたから……最後に泣きたくなかった。泣き顔でお別れなんて、屈辱だ……」
美帆子さんにつられて、私も泣いた。
「美帆子さん、お別れって何?また会えるよね?」
「ううん、紅ちゃん、お別れだよ。……私、海ちゃんに繋がってるものから離れて、新しい幸せを見つけるから……お別れだよ」
言葉が出なかった。お別れ?もう会えないの?
「元気でね。私、どこにいても、紅ちゃんの幸せを祈ってる。妹だからね、私の」
自分の涙はそのままに、私の頬をハンカチで拭ってくれた。
「明兄ちゃんの手を離しちゃダメだよ。色々難しいことはあるかもしれないけど……自分の気持ちを大事にね」
私はもう何も言えずに、ただ頷いた。
「明兄ちゃん、この子をお願いします。私の大事な妹です」
そう言って、私を宏明さんに預けると、美帆子さんは去って行った。
私は泣きながら見えなくなるまで見送った。
風が吹き抜ける。強い風が。
私の大事なものをさらっていく。
美帆子さんがこの街を離れたのは、それから半年後のことだった。
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