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久しぶりに会ったトミさんは、年をとって小さくなった気がした。
「お嬢さん、ご無沙汰してます」
トミさんは私をお嬢さんと呼ぶ。
成坊ちゃまのお嬢さまですからね、本来はお嬢さまとお呼びするんですけど、親しみを込めてお嬢さんと呼ばせていただきます、と言われている。
紅でいいのにな、と思う。
トミさんはちょっと腰が曲がっていたけど元気そうだった。
「トミさん、お世話になります」
「お世話ったって、何時間かのことですよ、大げさな。さあ、夕飯の支度を手伝ってくださいよ」
年はとってもトミさんらしさはそのままだった。
夕飯の準備を手伝いながら、色々な話をした。
「明坊ちゃまはね、3人の中では1番繊細で優しい方でしたよ。だけど照れ屋でね、隠すんですよ、繊細なのも、優しいのも」
っていう話や、
「今夜は亭主は夜通し仕事でね、残念がってましたよ、せっかくお2人が見えるのにって。私も亭主とは年が離れてましてね、ええ、向こうが一回り下でね。若い頃はすったもんだありましたけど、今じゃ落ち着いたもんですよ。お嬢さん達も、心配いりませんよ」
なんて話を聞かせてもらって、気持ちが穏やかになるのを感じた。
宏明さんが私をここに連れてきた理由がなんとなくわかった気がした。
「トミさん私、成子さんには存在も認めてもらってないし、戸籍上は姪だし、良くないのはわかってるんですけど……どうしても宏明さんと一緒がいいんです。迷惑かけるのはわかってるんですけど」
思わず涙ぐんでしまった。
「迷惑だなんて、なんでそんなこと考えるんです。明坊ちゃまはね、これまで女性に入れ込むことはなかったんですけど、お嬢さんは別ですね。さっきの顔を見たらわかりますよ。大事に思ってるんですよ。トミのところに連れてきたのはお嬢さんが初めてですからね」
「初めてですか!?」
意外だった。歴代彼女全員とはいかなくても、何人かはトミさんに会わせていると思っていた。
「ええ。浮き名は流しましたけど、本気にはならなくてね。奥様が持ってきたお見合いも全部断ってましたしね。まあ今日も、お見合い写真の4つや5つは用意してるでしょうけどね、無駄ですよ、無駄」
飄々と語るトミさんがおかしくて、つい笑ってしまった。
「さあ、あとは鍋を火にかけましょうか。明坊ちゃまはね、トミの煮物が好物でね。味付けを教えて差し上げますから、お家でも作ってあげてくださいよ。男はね、胃袋を掴んでおいたら間違いないですからね。たんと食べさせて、働かせるんですよ。実入りはこっちで握ってね」
トミさんはニッと笑った。私もコロコロ笑った。
今日ここに来て良かったと心から思った。
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