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宏明さんは、思ったよりずっと早く戻ってきた。
どんなに難航するだろうと心配していたけれど、
「親父が頑張ってくれた」
とのことで、成子さんも黙ったそうだ。
「最初は責められた。よりによって、とか、病院の体面が、とか、親戚の手前、とか。
見合い写真?あったけど、見もしないで断った。
見なくてもだいたいわかるよ。
出ていけって言うから、いいですよ出て行きますって言ったら、親父が、宏明を追い出すなら俺も出て行くって。
そんなに病院が大事なら、お前が医師免許をとって切り盛りすればいいだろうってさ。
紅の何が気に入らないのか知らないけど、宏明との仲を割くようなマネをしたら、どうなるか覚悟しろって。
親父があんなに反撃したの、初めて見た。
ここまで言われたら、成子さんも黙るしかないよなあ」
くすっと笑って、宏明さんは話を終えた。
「ようございました。さすがは旦那様です。
明坊ちゃま、いざとなったら病院を捨てて、この街を出たらいいんです。
働き口はどこにでもありますけど、お嬢さんはお一人ですからね」
トミさんは平然と言い放った。
私はあぜんとした。
「そうだな、医者はどこでもできる。いざとなったら飛び出すよ。ありがとう、トミさん」
宏明さんにもあぜんとした。
2人とも腹がすわっている。
このくらいでないと、佐藤家ではやっていけないのかも。
私はまだまだらしい。
トミさんのところで夕飯とお酒をご馳走になって、車は置いてタクシーで帰った。
マンションに着くと、宏明さんは玄関先で私を抱きしめた。
スキンシップを求めるのはほとんど私からで、宏明さんからっていうのは珍しかった。
酔っている宏明さん、貴重だ。初めて見たかも。
「あー、疲れた……」
私の肩に顔を埋めて、つぶやいた。
「ごめんなさい。私のために」
「謝るな。紅の悪いクセだ」
おでことおでこをコツンてぶつけて、キスされた。
お酒の味がした。
靴を脱ぐのも面倒そうに、ソファに寝転ぶ。
「これでもう大丈夫……」
つぶやくように言って、ソファで寝てしまいそうになるのを、無理やり着替えさせて、ベッドに連れて行く。
横になると、バタンキューという言葉の通り、眠ってしまった。
頑張ってくれたんだな、と思ったら、涙が出て止まらなかった。
その日は眠くなるまで、月明かりに照らされて、飽きもせず宏明さんの寝顔を眺めていた。
次の日、宏明さんは昼過ぎまで起きてこなかった。
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