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一緒に幸せに
「引越ししよう」
と宏明さんが言った。
「引越し?」
「そう。紅のアパートを引き払って、このマンションも片付けて、どこか便利なところにマンションを買って」
あれから宏明さんは、私達の関係を公にした。
病院のスタッフの人達に、詳しく事情を説明して、患者さんに何か聞かれたら、隠さず説明するように指示を出した。
もともと皆、私達に血縁関係がないことを知っていたため、意外とあっさり受け入れてもらえた。
宏明さんがスタッフの人達の信頼を得ていたことも大きかった。
幾人かは眉をひそめる人もいたけど、古参の看護師さん達がバリアを張ってくれた。この件不問の雰囲気を作ってくれた。
「若先生がやっと見つけた幸せじゃないか、私達が応援しなくてどうするんだい」
1番昔からいる看護師長さんは、折に触れて皆に諭してくれたとのことだった。
成子さんは何も言ってこない。おじいちゃんが睨みをきかせているらしい。
「最初は公にしてなかったからこういう形にしたけど、もう好きにしていいだろう。アパートとマンションを行ったり来たりするのも面倒だし」
最近気づいたけど、宏明さんは意外と面倒くさがりだ。家事代行を頼んでいたのも頷ける。
なのに私の面倒はマメに見てくれる。アンバランスが面白い。
「紅はどんなマンションがいい?」
「どんなって……考えたこともなかった。でも、病院の近くがいいな。宏明さんの通勤に便利なように」
おじいちゃんから聞いたことは、大切に胸にしまうことにした。
私を好きだと言ってくれたこと、本当は救命をやりたかったこと。
これからは宏明さんに甘えるばかりじゃなくて、私も大事にしたいと思った。
「また紅は……気を遣うなって言っただろ」
「遣ってない。私も卒業したら病院の側の薬局で働くんだから、私にも便利でしょ?
あっ、それとねー、キッチンは広いのがいいな。トミさんに習ったお料理、いっぱい作るの。冷蔵庫も大きいのがほしい。
あとね、高層マンションはやだな。2階とか3階がいい。高いところは怖いから。
日当たりがよくて、風通しがいいのも重要だよね。
それとー、窓は大きいのがよくてー……何?」
宏明さんは、私の顔をまじまじと見ていた。
「いや……珍しいと思って。紅がそんなふうに希望を言うの」
「そうかな。……そうかも。安心してるから、今」
ふふふ、と笑って隣にくっつく。
おじいちゃんに、私を好きだって言ってくれた。
私はもう無敵だ。
「不動産屋に連絡して、ピックアップしてもらおう。いくつか見せてもらって、いいのがあったら買おう」
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