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お休みの日に、2人でマンションを見に行った。
不動産屋さんが紹介してくれたのは、どれも素敵なところだった。選んで、と言われても困る。
それにしてもどこも間取りが3LDKだった。
帰ってから、
「2人で暮らすなら3つも部屋いらなくない?」
と聞いたら、
「今はそうでも、子供ができたら部屋がいるだろ」
と返された。
子供。
「いやちょっと待って、子供って言っても私達は」
「子供、欲しくない?」
「違う、欲しいけど」
「大丈夫、卒業するまでは待つから」
「そうじゃなくて、戸籍が」
シー、と人差し指を口に当てられた。
「大丈夫。今、弁護士に調べてもらってるけど、紅も子供もオレの養子にすれば権利が守られる。一般的な形とは違うけど、見た目は他の家庭と変わらないよ」
驚いた。そんなことができるのか。していいのだろうか。
「親父が楽しみにしてたよ、曾孫だって。こうなったらもっと仕事頑張らないとって張り切ってるよ」
宏明さんは、こともなげにニコニコしている。
「私、子供産んでいいの……?」
「当たり前だろ、オレ達は血縁がないんだから、何も問題ない。戸籍なんて、便宜上のものなんだから、どうにでもなる」
嬉し過ぎて、頭が追いつかない。子供を持てるなんて、考えたこともなかった。いや、考えないようにしていた。
「宏明さん、子供欲しい……?」
「欲しい。紅を奥さんにして、子供ができて……幸せだろうな」
幸せ。それも考えてこなかった。自分が幸せになれるなんて、思ってもみなかった。
とにかく孤独に苛まれる人生だったから。
周りの顔色を伺う人生だったから。
自分のことは二の次にしないと回らなかった。
幸せ。
「自分が幸せになるとか、考えてなかった」
正直に言うと、宏明さんは私を抱き寄せた。
「じゃあ考えて。オレと一緒に幸せになること」
「一緒に……?」
「うん。オレと一緒に」
「私、幸せになっていいのかな……?」
「当たり前だろ」
呆れたように、宏明さんは笑った。
風が吹いた。
温かい風。
逆風や強風の中を、体を低くして歩んできた私に、幸せを運ぶ温かい風が吹いた。
「私、幸せになりたい。宏明さんと一緒に」
にっこり微笑んだら、涙があふれた。
「うん。一緒に幸せになろう」
私の涙を拭って、宏明さんも微笑んだ。
もうすぐ20歳の5月のことだった。
───完───
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