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日本での出会い
1
——何で家の電気がついてるんだ?
出先から帰ってきた佐久間玲喜は、扉を前にして立ち止まった。
アルバイトへ行く前にきちんと消したのを確認しているので間違いない。なのに扉に嵌め込まれている磨りガラス越しに灯りが見えた。
物取りの可能性を考えて、すぐに逃げ出せるように身構える。鍵を回してゆっくりと扉を開けたが、直後また閉めた。
——誰だ……⁉︎
慌てて表札を確認した後で握りしめたままの鍵に視線を落とす。
やはり己の家だ。間違えていない。ならどうして知らない男が家の中にいるのだろう。
しかも目が痛くなるくらいに煌びやかだった。そんな外国人の知り合いなんて勿論居ない。
「は……? どういう事だ?」
物取りならすぐに警察へ通報するのだが、男はその類ではない気がした。
誰だと問う前に、先ず己の間違いを疑ったくらいには男は堂々とした佇まいで、さも当たり前だと言わんばかりに家の中に立っていたからだ。
思考を止めたくて玲喜はため息混じりに目頭を揉んだ。
——疲れているんだな、きっと……。
二週間休み無しでの勤務は辛かった。
さっきまで睡魔と戦っていたくらいには睡眠時間が足りていない。
昔から肉体的疲労や怪我の治りは異常なまでに早いのだが、睡眠だけはどうにもならない。
脳が疲れているせいでありもしない幻覚を見たのだと、もう一度家の中に入る為に玲喜は扉に手をかけた。
すると今度は内側から勢いよく扉が開く。ゴンッと派手な音を響かせて、扉の前にいた玲喜の全身を叩いた。
「いった……ッ‼︎」
やや俯き加減で立っていたのが災いした。
強かに額を打ちつけてしまい、思わず両手で額を抑えながら蹲る。
「誰だお前は?」
涙目で見上げると男に問われた。
明らかに不審者を見るような目付きをしているが、玲喜からすれば男の方こそ不審者だ。鍵を掛けて出かけた筈の我が家に知らない男がいるのだから。
「いや、お前が誰だよ? どうやって入った?」
「誰に向かって口を聞いている。俺はマーレゼレゴス帝国第三皇子ゼリゼ・アルクローズだ」
「だから何だよ? 皇子だか何だか知らないけど、人んちに無断で入って良いわけあるか。待て……皇子って言った?」
「ああ。そうだ」
真顔で言われた。
——頭大丈夫かな……この人。
男と正面から対峙する。
眉根は不機嫌そうに歪められているが、皇子だと言われれば確かに納得してしまうくらいの容姿はしていた。
薄い水色がかったシルバーの髪の毛が照明で輝き、中世の西洋を彷彿とさせる白を基調とした衣装には煌びやかな装飾品があしらわれていて、生地自体も上質そうだ。
玲喜の頭一つ半くらいは高い身長の為に、見上げなければならなくて若干首が痛い。
ただ瞳の色は、祖母であるセレナが生前に見せてくれたネックレスについていたアクアマリンのようで綺麗だと思った。
玲喜が男を注視する。
しかし流暢な日本語を喋る男からは胡散臭さしか伝わってこない。鍵を掛けていた筈の家の中にいた時点で怪しすぎた。
——多分ウィッグとカラコンだよな?
あくまで〝ごっこ〟姿勢を崩さないゼリゼを見て思わず半目になる。
遊びに付き合うノリの良さは今の玲喜にはない。三拍くらいの間が空いた。
「名を聞いているのだが?」
男から再度質問され、面倒くさそうに玲喜は口を開く。
「佐久間玲喜だ。どうやって中に入ったんだよ?」
皇子ごっこの事は今は置いておくとして、何故自身の家にいるのか玲喜は知りたかった。
場合によっては、近くの交番まで走らなければならない。
「それが俺にも分からん。自室に戻ったつもりだったのだが、いざ扉を開けてみれば光に包まれ、目が慣れてきた頃にはこの掘立て小屋の中に居た。何処だここは。誰かの嫌がらせか何かか?」
「悪かったな、掘立て小屋で! お前の存在自体がオレへの嫌がらせだ!」
目を窄めて逡巡した。
ゼリゼと名乗った男の国名に聞き覚えがあるような妙な既視感を覚えたからだ。
——マーレゼレゴス……帝国?
首を捻る。最近の記憶ではない。
もっともっと幼かった頃の記憶だった気がするが、寝不足で思考回路の回っていない今の頭では思い出せなかった。
それよりも早くこの男に何処かへ行って欲しいという感情の方が上回っている。
眠気がピークだ。シャワーを浴びて布団に転がって眠りたい。
「ここは日本という国だ。マーレゼレゴス帝国じゃない。その前に、マーレゼレゴス帝国なんて聞いた事もないぞ」
ここで聞き覚えがあると言ってしまえば、否応なく話が長引きそうだった。それに聞き覚えがあるような妙な引っ掛かりを覚えた程度だ。
断言できる確かな記憶ではないし、証拠も無ければ自信さえもない。変に期待を持たせてしまうのは可哀想だと思った。
——いいよな、これで?
玲喜の言葉を聞いて男の目が見開かれていく。信じられないものを見るように、瞬き一つしていなかった。
「そんな訳がないだろう! 我が帝国は世界屈指の海に浮かぶ帝国だぞ?」
「知らないものは知らない。ましてや王族なんてもっと無い」
ゼリゼは絶句していた。
——演技派だなこの人。
どこか上の空で思いつつ玲喜は家の戸締りをする。
このまま放り出すのは流石に可哀想に思えて、玲喜は男の服を引いた。
「何かよく分からないけれど、迷子なら交番くらいなら連れてってやるから、そっちで保護して貰ってくれないか? オレ連勤明けで疲れてんだよ。だから早く休みたいんだ」
流石に見ず知らずの男をこのまま家に泊めるのは怖い。
玲喜は男の服を引いたまま、交番へ向けて歩きだす。男は道中ずっと無言だった。
「ほら、ここだよ。困った時はここを頼るといい」
交番につき、玲喜はゼリゼを中に案内する。
中にいた警官が玲喜に視線を向けて朗らかに微笑んだ。
「玲喜くんじゃないか。どうかしたんかい?」
「うん、ちょっとこの人迷子みたいで話聞いてあげてくれない? んじゃオレはもう行くから」
「外国人かな。日本語分かりますか? ちょっと待ってね。書くもの用意するから」
警官にゼリゼを紹介し、玲喜は出て行こうと扉に手を掛けた。
「ゼリゼ・アルクローズだ。佐久間玲喜という男の元で暮らすように言われて日本に来ているのだが、この通り追い出されてしまった。保護してくれ」
シレッとした表情で、まるで息を吐くように嘘を連ねるゼリゼを凝視する。
「は?」
何を言ってるんだ、と言わんばかりの目で見た玲喜を無視して、ゼリゼは更に続けた。
「少し言い合いになってな。そしたら出て行けと言われた。お陰で住む場所も無ければ文無しだ。非常に困っている。何とかして貰えると有り難い」
警官は深い溜め息を吐き出し、こちらに視線を向ける。
「駄目でしょ玲喜くん。喧嘩したからって外国の方を追い出しちゃ。可哀想でしょう。はい、早く帰って仲直りしてね」
ゼリゼと共に背中を押されて交番の外に追いやられた。ちゃんと説明しようとしたが、警官はもう既に聞く耳持たずである。
「え、あの……違うんだって……」
「はいはい。じゃあまた困った事があったら話くらいは聞くから。仲良くね」
——今困ってるんだけどっ⁉︎
来て数分も経たない内にゼリゼと交番の外に出されてしまう。
ゼリゼを泊めざるを得なくなってしまい溜め息をつく。田舎だと交番を含めて顔馴染みなのが仇となった。
窓ガラスの向こう側で警官がバイバイと手を振っている。
初めに不法侵入者だと告げておけば良かったと玲喜は肩を落とした。
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