マーレゼレゴス帝国

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「ゼリゼ、も……やめろ。顔がふやける……」 「まだ足りない」 「いえ、そろそろ玲喜を離してお召し物を整えさせてください。日本の服はここでは目立ちますからね。お二人のお着替えをお持ちいたしました。それから昼食になさいましょう」  ラルが呼びに来て、玲喜とゼリゼはマーレゼレゴス帝国の服に着替えさせられた。  誂えたようにサイズが合っているのは若干怖いがあえて聞かなかった。  ラルには寸法を測る魔法能力でも備わっているのだろう、と玲喜は無理矢理自分を納得させてみる。半目だった。  広い食間に移動し、席に案内される。  ここの天井は一際高くて、玲喜の頭の中には学校の体育館が思い浮かんだ。  横の壁は小口積みと長手積みを交互に重ねて出来たイギリス積みになっている。思わず近付いて手で触れてみた。 「どうした?」  ゼリゼに問いかけられて首を振る。 「初めてみたから珍しくて」 「ああ、確かに玲喜のいた所では見かけなかったな。後でたくさん観察するといい」  腰に手を回されて席まで誘導された。  実際腰掛けたのはゼリゼと玲喜だけで、ラルはゼリゼの背後で待機している。  自分も待機した方が良いのではないかと思案しラルの隣に立とうとすると、そのままテーブルにつかされた。  出されたメニューを見ていても日本とは食の文化が違っているようで、イタリアンやフレンチを彷彿とさせる創作料理が並べられている。  ゼリゼがナイフとフォーク、スプーンしか扱えなかった理由が分かった。 「玲喜が作った味噌汁が飲みたい」  運ばれてきた食事を摂っていると、ゼリゼがそう呟いた。  ラルなら通じるだろうか。  味噌とか出汁はあるか背後で待機しているラルに問いかけたものの、左右に首を振られる。確かに味噌や出汁に使う調味料はありそうにない。  ——城下町に出れば店とかあるかな? こういう国だと市場って言うのか?  ここに無いものは仕方ない。買い物に行った時にでも無いか見てみようと思案する。 「食事が終わったら、オレちょっと出掛けてきてもいいか?」  ゼリゼに問いかける。 「俺もついて行こう」 「ゼリゼ様は昨日一日いらっしゃらなかったので政務が溜まっております。明日まで日程は埋まっておりますので、出掛けるのでしたら明後日以降で調整が可能ですが?」 「すぐに行く」 「…………おいこらこのボンクラくそ皇子、人の話の一体何を聞いていた?」  苛立ちを隠せない声音で、ラルから言葉が発せられた。 「ラル……たぶん心の声と表面上の声が逆になってると思うぞ?」  玲喜が指摘すると、ハッとした表情をしたラルが態とらしい咳払いをしてみせる。  ——さっきから思ってたけどラルってこういう性格だったんだな……。  記憶の中の彼と余りにも違っていて、玲喜は思わず笑みを溢した。  初恋フィルターは機能性バツグンだったらしい。  当時のラルはやたら輝いていて、五歳だった玲喜には何処かの国の皇子様にしか見えなかったからだ。 「コイツはいつもこうだ。性格が歪んでるんだろうよ。気にしなくて良い」 「そうなんだ……」  それってゼリゼのせいなんじゃ? とは言わずに玲喜は慣れないナイフとフォークに手を伸ばす。玲喜からすれば箸がほしい所だ。 「箸もあるか見に行くか?」  ちょうど考えていた事を言われ、大きく頷く。 「でも明後日でいいよ。予定埋まってるんだろ? オレの事は気にしなくて大丈夫だ。オレからすれば全てが目新しいものばかりだから、見ているだけでも楽しい。ゼリゼが仕事をしている間は、城内でも探索しとくよ」  日本に来たばかりのゼリゼを思い出す。電車に興奮していたのも無理ないな、と玲喜は考えてしまった。実際自分が同じ立場になってみてよく分かる。 「この城は複雑な作りになっていて広いからな。年に何人かは行方不明になって、城内の何処かから餓死寸前で見つかっている。独り歩きは辞めておいた方が良い」 「え」  ——何だそれ怖すぎる。  青ざめた玲喜を見てゼリゼが笑んだ。 「行くのなら従者をつけよう。ラル、信頼の置ける奴を一人貸せ。玲喜につけろ」 「畏まりました。その前に玲喜にも一応魔力検査と試験を受けて貰います。因みにセレナ様は光属性の中でも貴重な(せい)魔法の使い手でしたよ。治癒能力にかけてはかなりの腕前でした」 「へえ、セレナってそうだったんだな。属性についてはオレには良く分からないけど、治癒か。言われてみればセレナが触る所は怪我が治るから不思議だったんだ。おまじないの言葉があるんだよな。よく教えて貰ってた。でもオレは魔法とか使えないぞ。セレナにも言われた事なかったし、ゼリゼの見て初めて魔法って知ったくらいだからな」  玲喜の話を聞いて「それはまじないの言葉と称して魔法を教えて貰っていたのでは?」とゼリゼとラルは顔を見合わせた。  食事が終わり、城から少し移動する。  左手にあった丘に登って大きな広場に移動した。周りには遠くに山が見え、その合間に深い色合いの海が広がっている。山は見慣れているが、海は電車に乗って遠出した時に見る程度だった玲喜は胸が高鳴った。 「綺麗だな、この国」 「だろう?」  ゼリゼが世界屈指と言った理由が分かり、玲喜が頷く。 「玲喜、こちらへどうぞ」  地面に描かれた大きな魔法陣の上に案内される。記号のような文字が沢山書き込まれていた。
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