マーレゼレゴス帝国

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「玲喜、走るな」  味噌を手にしたゼリゼが追いかけてきて、男たちの体を浮かせたまま玲喜を見つめる。 「ああ、そうだな。走ると危ないな。……ごめんゼリゼ。まだ実感ないから忘れてた」  自覚がないあまり失念していた。 「ゼリゼっ? て、だ……第三皇子⁉︎ どうして此処に⁉︎」 「問おう。貴様ら俺のものに何か用か?」 「ひっ、い、いや……別に……」  眉間に皺を寄せて不機嫌そうに口を開いたゼリゼを見て、小さく悲鳴を上げながら男たちは空中で口籠もっていた。 「ゼリゼ様、玲喜、やっと追いつけました。その者たちは? どうかされたんですか?」 「玲喜に絡んでいた」  ラルが合流した事により、てっきり現状を止めて貰えるのだと安堵の吐息をつく。そんな玲喜の思いはアッサリと裏切られる事となった。 「でしたら二度とこの様な事態にならぬ様に異空間にでも飛ばして閉じ込めてしまえば良いと思います」  眼鏡のブリッジを押し上げてラルが真顔で言った。  ——え、ラル? 「そうだな」  男たちの顔色はどんどん悪くなっていく。 「待て! 待て待て待て! そこまでする必要ないだろ! ゼリゼ本当にやめろ!」  呪文を唱え始めたゼリゼの腕に慌てて飛びつく。  しかし片手で持ち上げられてしまい腰あたりで体を固定されてしまった。  三人のいる場所には、何事かと集まった野次馬で人垣が出来始めている。 「ゼリゼ、やめてくれ!」  首元に抱きつき、玲喜はゼリゼの意識を自分に向けさせようと必死だった。 「ふん、玲喜に免じて許してやろう。今度玲喜に手を出してみろ。タダじゃ済まさん」  一目散に逃げていく男たちを見て、ふふふとラルが楽しそうに笑いを溢す。ゼリゼもニヤニヤと笑みを浮かべていた。 「まさか……」  玲喜が漸く茶番だと気がついた時には、三人の周りには人で輪が出来ていて、玲喜たち三人の名前を口にしている。 「第三皇子様のお気に入りらしい。呼び捨てにしていたぞ」 「変わり種ばかり置いているあそこの店で箸というものを買っていた」 「さっきあの子ウチの店にも来ていたな」 「変な発酵物ばかり作るレトのとこで何かの定期購入の契約も結んでいたぞ」  ——やられた……。  これでは嫌でも第三皇子イコール玲喜という図が出来てしまう。  それにゼリゼの従者であるラルまでもが玲喜を害する相手を排除しようと加わった事で、玲喜の立ち位置が〝王族に意見が出来てその上で親しい存在〟として認識されてしまった。  それを示すようにゼリゼも玲喜を腕に抱いたまま離そうともしないので、噂話は信憑性を持って確実に街の人たちに伝わっていく。  ゼリゼが居なくても、市場くらいなら一人で来れるかも知れないと思っていた玲喜の目論見は見事に(つい)えた。 「今後は己の身の振り方には気を付けねばならんな、玲喜」 「一人では迂闊に行動も出来なくなりましたね、玲喜」 「お前ら……オレを嵌めたな?」  どれだけもがいても下ろして貰えなくて、玲喜は口を開いた。 「ゼリゼ、離してくれ。一人で歩ける」 「お前は目を離すとすぐに何処かに行くだろう? 城までこのままだ」 「オレが悪かったゼリゼ、謝る。頼むから下ろしてくれ」  即答で謝罪する。  城まで移動するには余りにも目立ちすぎるし恥ずかしい。何の罰ゲームだ、と玲喜は内心愚痴った。 「ことわ……「じゃあもう一緒に寝てやらん!」……ちっ」  やっと下りられた。  一体どこから仕組まれていたのだろう。始めっからというのは流石に勘弁して欲しい。  とりあえずさっきの昆布の乾燥物を買う事にして、ついでにダメ元で鰹の乾燥物はないか聞いてみた。 「ありますよ」  削る道具も一緒に買ってもらい、玲喜はラルに揶揄われているゼリゼと一緒に城に帰った。 「まさかゼリゼ様が尻に敷かれる所を見られるとは……っ」 「黙っていろラル」  ゼリゼの指先から火の玉が生まれラルを攻撃する。それをひょいっと軽やかに避け、ラルは尚も笑い続けていた。  ——喧嘩しているようで、案外仲が良いんだよなこの二人。  主従関係というより悪友みたいだ。玲喜は二人に生暖かい視線を向けた。 「ラルも意外性あったけど、ゼリゼは案外年相応だし、照れ屋で可愛いんだよな」 「玲喜…………やめろ」  玲喜の言葉にラルがお腹を抑え前屈みになってまで笑いだし、ゼリゼは額に手を当てて羞恥に耐えている。 「この人を手玉に取れるのなんて玲喜くらいです…………、ブフッ!」 「ラル! 貴様いい加減にしろ!」  ラルを見てゼリゼが憤慨している。  そんな三人の様子を伺い、先程の易者と別方向にいる数人の人物たちが眺めていた。 「ふーん、やっぱり戻ってきたのね。——レキ(・・)」  そんな人混みの中から意味深な言葉が紡がれた。
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