159人が本棚に入れています
本棚に追加
ゼリゼが新しい仮の王として立ち、玲喜が皇后の座に収まると街中が喜んだ。
異論を唱える者など存在しなかった。一ヶ月後には遅れて行われる戴冠式、その前に玲喜の出産予定日が組まれている。
王位継承権の順番で言えば、次の王はマギルかジリルなのだが、二人揃って世継ぎが生まれるのを理由にして、ゼリゼに押し付けたというのもあるが。
その二人と新しい政治の話をしていたゼリゼは、執務室で憤慨していた。
「ふざけるなよ、このクソ兄共! 暇なら貴様らが動けば良いだろう! 王直々の命令だ!」
「んじゃ、玲喜ちょうだ~い。玲喜いるなら僕が代わりに王さまやって何でもしてあげるからさ~」
「あ、それならおれも王さまやるぜ」
「玲喜は俺だけのものだ。貴様らはもう死ね」
王族会議という名の兄弟喧嘩が勃発して、近くの山が消し飛んだ。
玲喜が過去にうっかり作ってしまった無人島の大陸もまた海に沈んだのだが、街の人たちも含めて、地響きを感じながら「またあの三人か……」と生温い目で見守っている。
その時の事を色々振り返り、ラルが笑みを浮かべた。
また二人の元へ向かい、ゼリゼに声をかける。
「ゼリゼ様、玲喜様をベッドにお連れしましょうか?」
「俺が連れていく」
玲喜を横抱きにしてゼリゼはラルと共に歩き出す。
「結局世継ぎは双子だったんですか?」
「いや……一人だ」
「そうですか」
生まれるまであと僅かだ。
もしかしたら玲喜は、子が自分と同じ境遇になってしまうことを嘆くかもしれない。
だが、何も言いはしないが、玲喜はもう知っていてその上で受け止めているような気がゼリゼはしていた。
二人の会話で意識が浮上したのか、玲喜が目を開ける。
「あれ……。ごめん、寝てた」
「良い。寝ていろ。ベッドまで運ぶ」
「平気だ、歩く。動いた方が良いと言われてるし」
ゼリゼに下ろして貰い、玲喜はすっかり重たくなってしまった足を動かす。
喉元が小さく動いた気がして、玲喜は手を当てた。
レジェはまたここで眠りについている。だけど、たまに動く気配をみている限りでは、もう邪悪な気配は感じなかった。
いつか兄弟として普通に話せる日が来るんじゃないかと思ってしまうが、あまり期待はしないようにしている。
「なあ、ゼリゼ……ラル、もし生まれる子が、さ……」
どこか言い難そうに言葉を口にした玲喜の頭は、ゼリゼとラルに両側から撫でられた。
「大丈夫ですよ」
「俺らがまたお前らを守る」
「…………ん、ありがとう」
気が付かれないように下を向いて、玲喜が泣いた。
「ったく、お前はいつになったら泣かなくなる? 泣くのはベッドの上だけで良い」
「おい、やめろ!」
「あーあーあー、私も居ますのでバカップルはもう少し大人しくしてて下さいね。あああ……ウザっ!」
余計な一言がどんどん増えて行くラルを軽めに殴る。
「そう言えばさ、なんでラルはあの時生き返れたんだ? 顔色もおかしかったし、本当に息してなかった気がしたんだけど……魔法? それとも死んだふり?」
突然矛先の変わった質問に、ラルが笑った。随分と前の出来事だ。
「私は魔力自体は大した事ないのですが、自分を一時的に仮死状態にすることが出来るんですよ。玲喜の言う通り、死んだふりです」
笑いながらなんて事ないようにラルがそう口にする。
「ああ。色々あって言うのを忘れてたな。こいつはラル・マニアンス。昔の名は、ラル・アルクローズ。本来ならば、この国の第一皇子だ」
「は? はあっ⁉︎」
「体の弱かった妹の為に早々に王位継承権を放棄し、母方の名を名乗って自ら従者に志願したのだ。魔力よりも、剣術や武術、その他に長けているぞ」
「ふふ、そうなんです」
驚き過ぎて口を開けたままポカンとした表情をした玲喜が足を止めた。
てっきりあの双子が一人ずつ第一と第二の皇子の名を冠しているものとばかり思っていたからだ。
以前に、ラルがゼリゼと双子に容赦なく説教を浴びせていた理由が分かり、玲喜はラルを見つめる。
「おい、玲喜……何故ラルを見つめる? そんなに惚けて見つめるなら俺にしておけ。お前の愛すべき王は俺だろう。ラルなど今すぐ記憶から消せ」
不機嫌そうながらも焦ったように言葉を発したゼリゼはやはりどこか可愛く見えた。
「玲喜にとって私は初恋の相手ですもんね。知ってましたよ」
ラルが意地悪い笑みを浮かべる。玲喜が初めて見るラルの表情だった。
「え?」
「玲喜はすぐ顔に出ますから。あまりにも可愛い反応をしてくれるので、この国に連れて帰ろうとしたのですが、喜一郎にバレてしまい玲喜接触禁止令を出されましたからね。知ってました? 喜一郎って剣道の有段者なんですよ。それからもこっそり玲喜を攫おうとしたら、喜一郎に容赦なく面を入れられて頭を割られました。衝撃的でしたね。かつて皇子だった者にする仕打ちじゃありません。すぐセレナ様が治して下さいましたが。まあ、あれからは喜一郎の腕に惚れ込んで日本の剣道や武道を教えていただきました。私の諸々の師匠は喜一郎なんですよ。何でも私の他にお弟子さんが一人居たみたいですけど亡くなられたそうで……。その方ともお会いしたかったのに残念です」
初耳だ。喜一郎が何かしら武道や剣道を収めていたのは知っていたが……。
だからラルが日本に居た時にまともに会話をさせて貰えなかったのかと、玲喜は今になって納得した。
それよりも他に居た弟子というのが気になった。もしかしてその人が父だったのだろうかと考え、玲喜が想いを馳せるように目を眇める。
「ラル……お前は今後絶対玲喜に近付くな。喋るのも許さん」
過去を思い返して固まったまま動けなくなっている玲喜を引き寄せて正面から抱きしめ、ゼリゼは威嚇せんばかりにラルを睨みつけた。
「男の嫉妬は見苦しいですよ。ゼリゼ様」
ラルが肩をすくめて見せ、態と玲喜に手を伸ばして黒髪をすく。
「うるさい。何とでも言え。玲喜に触るな!」
二人のいがみ合いを見て、玲喜はハッとしたように顔を上げる。
——マズイ。この流れはダメだ。このままじゃゼリゼがまたヤンデレ化してシャレにならなくなる。
何が何でも監禁だけは御免被りたければ、立ちそうになっているフラグもへし折らなければならない。玲喜は焦った。
「何だ……気付かれてたのか。て、ラルってショタコンだったのか。でもそれ五歳の頃の話だからな? オレはゼリゼだけを愛してるから浮気はしないぞ」
それとなく視線を逸らす。虚勢を張るのは苦手だが、ここはやる切るしかなかった。自分の身の為に玲喜は演じる事を選んだ。
「おや、振られてしまいましたね。まあ、でも……誰かさんみたいに勝手に孕ませてしまえばこっちのもんですよね」
——ダメだ。その事もバレていた。
ゼリゼの顔がもう既に闇落ちバーサーカー状態だ。
玲喜は挙動不審気味に視線を泳がせる。
ラルは本気ではない。単に玲喜を使ってゼリゼを揶揄いたいだけだ。
ゼリゼに絡む楽しみ方を、今までと変えただけなのは伝わってきたが、玲喜にとってはとんだ迷惑である。
「ちょっ、これ以上悪ふざけはやめろラル! オレの事も考えろ! ゼリゼが暴走するだろ! 行こう、ゼリゼ」
笑い転げているラルを置き去りにして、玲喜がゼリゼの手を引く。
王室の中に入るなり、玲喜は扉に抑えつけられて唇を塞がれてしまった。
「ん、ん、ぁ、ゼリ……ゼ!」
すぐに絡ませられた舌が口内を蹂躙して離れていく。
「もう一度言え」
「は?」
「もう一度、愛してるのは俺だけだと言え」
怒っているのかと思っていたが、そうではなかったらしい。真っ直ぐなゼリゼの瞳が玲喜を射抜く。ほんのり笑みを浮かべているのを見ると、少しは大人になったようだ。
「愛してるよゼリゼ。ゼリゼだけをこれからもずっと愛してる。それに、オレはもうお前のモノなんだろ?」
欲を孕みながらも嬉しそうに笑んだゼリゼの首に両腕を巻きつける。
「オレだけの王さま。オレだけ愛しててくれよ。もし側室なんて作ったら、ゼリゼを海の底に沈めてオレは泡になって消えてやるからな。誰にもやらない」
出会った時は、いつも不機嫌な妬きもちやきのヤンデレ年下皇子さまだったけれど、今は逆の立場になってしまったかもしれない。
アクアマリンが自分みたいだと思った時から既に兆候は見えていたのだろう。
「誓おう。玲喜、お前だけを愛している」
「オレも。ゼリゼしか愛さない」
この気持ちに偽りはない。自分だけの王さまに、玲喜は自分から誓いの口付けを贈った。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!